発達障害、高次脳機能障害、精神疾患、認知症など、認知機能の低下により就業継続が困難になるケースは少なくありません。
病識や障害などの正しい自己認識、自己理解が就労には重要ですが、家族や周囲が指摘しても本人が認めない、受け入れられないということがあります。
また、学校生活においては、本人主体であり特性があっても優秀な成績をとれば周囲から評価されますが、会社組織では、組織主体であり評価が目標を達成することを求められるため、生活上の問題が健在化されるケースが多いようです。
ここでは、認知機能障害と就労に関する様々な報告や支援機関や制度等について紹介します。
認知機能障害と就労
発達障害の特徴は非常に個別性が高いため、対象者の認知特性、コミュニケーション特性、作業遂行能力などについて、きめ細かくアセスメントを行い、それらが職場への適応度にどの程度影響を与えているか把握する必要があります。
発達障害、精神障害などがある人では、ストレスに弱く疲れやすい傾向がありながら、自身のストレスや疲労を感じない、自覚していない場合があります。
自分自身の生活リズム、ライフヒストリー(その時の行動や気持ち)などを書き出し(視覚化)、自身の認知特性や生活習慣の把握、問題点や改善点の整理と理解が必要とされています。
高次脳機能障害者の復職支援に関する国外文献(57;2012-2016)では、復職に関する促進及び阻害要因や職場定着要因、さらに復職が与える影響要因についての検証が報告されており、復職に関する要因として、特に「認知機能」や「年齢」に関する報告が多く、「認知機能の高さ」は復職の可能性を高める要因であることが示唆されています。(北上守俊,職業リハビリテーション,30(2),34-37,2017)
わが国では、職業評価としてGATB(厚労省編・一般職業適性検査:General Aptitude Test Battery)が広く用いられていますが、高次脳気障害者は測定される適正能が全て平均よりも低い結果になることが少なくありません。(田平隆行ら,日本作業療法士学会雑誌,16(1),31-35,2013)
職業リハビリテーションの効果研究に関して、国内では高次脳機能障害者に対するワークサンプル幕張版(Makuhari Work Sample:MWS)の効果研究を非ランダム比較試験により検証した結果、就労率に差は無かったが、MWSを実施した群のほうが実施しなかった群に比し認知機能が向上したことを明らかにしています。(北上守俊,新潟医学会雑誌,130(9),523-534,2016)
幕張ストレス・疲労アセスメントシートMSFASの活用のために(独法高齢・障害・求職者雇用支援機構ホームページ参照)
職務に必要な基本能力に関する評価項目 ・読む ・書く ・計算 ・注意、集中力 ・記憶力 ・指示の理解力 ・行動計画能力 ・報告、連絡、相談能力 ・対人関係能力 ・耐久性(身体的疲労、精神的疲労、日中活動量) ・疲労の自己コントロール ・自分自身の作業能力の把握 ・必要に応じた代償手段の活用 ・復職への意欲 ・復職に対する家族の協力 (豊田彰宏(編),復職コーディネターハンドブック脳卒中リハビリテーション分野,2016)より引用 |
認知訓練による遂行機能の改善効果
高次脳機能障害と診断された29名を対象に行った注意力の改善を目的とした認知訓練によって、言語理解、知覚統合、作動記憶、処理速度を含む全体的知的能力および記憶、遂行機能が改善を示した(赤嶺洋司ら,総合リハ,43(7),653-659,2015)
注意・情報処理、記憶、遂行機能の訓練を約1年半実施し、WAIS-R(ウェイクスラー成人知能検査)の全項目、RBMT(リバミード行動記憶検査)、かなひろいテストに改善が見られた(阿部順子ら,人間環境学研究 2:35-40,2–4)
包括的・全体論的認知リハビリテーションを1年5か月行い、WAIS-R,TMT-B(トレイルメイキングテスト)に改善が見られた(上田幸彦ら,総合リハ 35:389-396,2007)
自閉症スペクトラム(ASD)のある人の離職理由として、与えられた業務と本人の能力の不適合、人間関係での疲弊、「普通」に振る舞うことの強要
自閉症スペクトラムの人が就労における問題として、対人交流、コミュニケーション、イマジネーション、不注意、感覚過敏、計画立案、複数同時処理の困難などがあるが、特性の現れ方は人によって千差万別としています。(内山登紀夫,成人期の自閉症スペクトラム診療実践マニュアル,医学書林,2012)
<発達障害のある人の就労をキーワードに支援を求めるタイプ>
- 診断を受けてから一定期間経過し、自身の障害について一定の理解があり、障害者雇用を視野に入れた具体的な就労支援(職業相談・職業訓練・職業指導・定着支援など)を希望している人
- 成人期に診断を受けて、これから自分の障害や職業的困難さを見つめ直し、自身の職業生活に関する方向性を定める必要のある人
- 仕事での挫折を理由に障害特性にかかわる「気づき」を得たものの、まだ診断を受けるに至って無い人
支援達成での困難さ | 職場適応での困難さ |
アルバイトやインターンの経験がほとんどない 自分の得意不得意がわからない 自信がないので就労意欲がわかない 自分に向いた職場環境や職務内容がわからない 就職活動の段取りやスケジュール管理が難しい、何からはじめてよいのかわからない 面接での受け答えや振る舞いが上手くいかない 雇用前実習で断られてしまう |
仕事が覚えられない、ミスが多い 仕事が難しすぎる/仕事が単純すぎる 仕事の優先順位がわかならない、仕事の段取りやスケジュール管理が難しい、期日内に仕事が終えられない 職場の雰囲気にそぐわない言動や振る舞いをしてしまう 対人コミュニケーションがうまくいかない、対人トラブルがある 職場になじめない、役に立てているのかわからない |
(柴田珠里,総合リハ,45(7),705-710,2017)
認知症と就労
認知症は、多くは高齢期に発症しますが、65歳未満で発症した場合、「若年性認知症」とされています。わが国の若年認知症者は3.78万人と推計され、年齢は約8割が50歳以上、基礎疾患は脳血管性認知症が39.8%、アルツハイマー病が25.4%、頭部外傷後遺症が7.7%となっています。(朝田隆,「若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研究」班,2008)
若年認知症は、本人や配偶者が現役世代であるため、就労継続ができなくなり経済的な影響を受けます。また、就学中の子どもがいる場合には心理的影響が大きく、教育、就職、結婚などの人生設計にも影響を受けることがあります。
若年認知症者の就労継続状況については、これまでの実態調査によると退職者が80~90%を占め、就労継続者は休職中のものもを含めても十数%程度で、若年性認知症者の就労継続は非常に難しい状況にあります。(田谷勝夫,認知症の就労支援,診断と治療,103(7):955-959,2015)
就労継続のためには、「ジョブコーチ支援」や「職場適応支援」など、職場に出向いて本人が働いている現場で行う支援が効果的とされています。
また、症状の進行により就労継続が困難となった場合には、福祉的就労を含む社会参加のための支援が必要となります。(田谷勝夫,労働の科学,72(8):452-455,2017)
<就労上にどんなことに困っているか>
職務遂行能力の低下 | 記憶力、判断力、計算能力などの知的能力の低下により、職務遂行上の問題が生じやすくなる。仕事内容のフォロー、ミスのチェック等の配慮により、「能力低下」を補うことが必要となる。 |
社会的認知能力の低下 | 仕事に行き詰まり、職場での支援が得られにくくなるのは、「周囲の人とうまくやっていく能力」にも問題が生じるため。若年認知症の人は、人間関係を上手にこなしていく能力(社会的認知能力)が低下してしまい、周りの人とうまくやっていけなくなる。 |
ストレス耐性の低下 | 仕事の中には、特別にストレスの大きな仕事もある。認知機能検査ではそれほど低下のない軽度認知障害(MCI)レベルでも、過大なストレスには耐性がない。「単調で変化の少ない仕事」であれば、ストレスも少なく対応は可能である。 |
療養支援と就労訓練 | 認知症の療養と仕事の継続を目指しているとき、どうしても療養のことは退院して服薬を続ける程度で、片手間になってしまいがちであるが、この時期こそしっかりと病気に向かい合うことが大切。運動や食事など、各種の認知症予防策を実践する。 |
(NPO法人北海道認知症の人と家族の会, 職場における若年認知症の人への支援の手引き,2015)より引用
<企業向け冊子>
若年性認知症ハンドブック「職場における若年性認知症の人への支援のために」(東京都)
産業医及び企業団体の人事・労務担当者等を対象に、職場内において若年性認知症の人を早期に発見し、適切な支援に繋げていただくことを目的として、平成22年度に本ハンドブックを作成(現在、平成29年度版) |
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職場におえける若年認知症の人への支援の手引きー就労支援の事例をとおしてー(NPO法人 北海道若年認知症の人と家族の会)
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若年性認知症を発症した人の就労継続のために(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター)
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若年性認知症を知っていますか?~今の職場で働き続けるために~(兵庫県)
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就労形態
認知機能障害により通常の就労が困難になるケースは少なくありません。障害者の働き方は、一般就労と福祉的就労に分けられますが、一般就労は「障害者雇用促進法」、福祉的就労は「障害者総合支援法」にそれぞれの就労支援の法制度・サービスに関する根拠法は異なります。
通常雇用 | 一般の職場で、障害者手帳を使わずに働くこと
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障害者雇用 | 一般の職場で、障害者手帳を使い、障害を周囲に知らせて働くこと
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福祉的就労 | 障害者総合支援法に基づく、就労継続事業A型・B型などの障害福祉サービスを利用して働くこと
障害に対する配慮は手厚いが、仕事のやいがい、作業従事時間、賃金や工賃は限定的となりやすい。 |
(千田若菜,小児科診療,80(7)97-101,2017)より引用
ハローワーク
障害者を対象とした求人の申込みを受けつけている。専門の職員・相談員(精神 障害者雇用をトータルサポーター)が就職を希望する障害者にきめ細やかな職業相談を行い、就職後には業務に適応できるよう職場定着指導も行っている。
障害者を雇用する事業主等に、雇用管理上の配慮などについての助言や、地域障害者職業センターなどの専門機関の紹介や福祉・教育等関係期間と連携した「チーム支援」による就職の準備段階から職場定着までの一環した支援を実施している。
障害者の雇い入れや障害者が働き続けられるよう支援する助成金の案内も行っている。
地域障害者職業センター(独立法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)
障害者の新規雇い入れ、在職者の職場適応やキャリアアップ、休職者の職場復帰等、障害者雇用に係る様々な支援を実施している。
障害者雇用の相談や情報提供のほか、障害者雇用に関する事業主のニーズや雇用管理上の課題を分析し、必要に応じ「事業主支援計画」を作成して、専門的な支援を体系的に行う。
ジョブコーチ(職場適応援助者)による支援。
障害者総合支援法における就労系障害福祉サービス
就労移行支援事業 | 就労継続支援A型事業 | 就労継続支援B型事業 | |
事業概要 | 就労を希望する65歳未満の障害者で、通常の事業所に雇用されることが可能と見込まれる者に対して、①生産活動、職場体験等の活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練、②求職活動に関する 支援、③その適性に応じた職場の開拓、④就職後における職場への定着のために必要な相談等の支援を行う。 (利用期間:2年) ※ 市町村審査会の個別審査を経て、必要性が認められた場合に限り、最大1年間の更新可能 |
通常の事業所に雇用されることが困難であり、雇用契約に基づく就労が可能である者に対して、雇用契約の締結等による就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練等の支援を行う。 (利用期間:制限なし) |
通常の事業所に雇用されることが困難であり、雇用契約に基づく就労が困難である者に対して、就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上の ために必要な訓練その他の必要な支援を行う。 (利用期間:制限なし) |
対象者 | ① 企業等への就労を希望する者 | ① 就労移行支援事業を利用したが、企業等の雇用に結びつかなかった者 ② 特別支援学校を卒業して就職活動を行ったが、企業等の雇用に結びつかなかった者 ③ 企業等を離職した者等就労経験のある者で、現に雇用関係の状態にない者 |
① 就労経験がある者であって、年齢や体力の面で一般企業に雇用されることが困難となった者 ② 50歳に達している者又は障害基礎年金1級受給者 ③ ①及び②に該当しない者で、就労移行支援事業者等によるアセスメントにより、就労 |
障害者就業・生活支援センター
障害者の実時間地域において、雇用、保健福祉、教育等の関係機関の連携拠点として就業面および生活面における一体的な相談支援を実施する。
就業面~職場定着に向けた支援、障害特性をふまえた雇用管理についての事業所に対する助言。
生活面での支援~健康管理、金銭管理等日常生活の自己管理に関する助言、住居、年金、余暇活動など地域生活、生活設計に関する助言など。
ジョブコーチ支援
職場にジョブコーチ(JC)が出向いて、きめ細やかな人的支援を行う。対象者に対して、作業遂行力の向上に向けた支援などを行うとともに、職場に対して、対象者との関わり方や作業方法の指導の仕方について専門的な助言を行う。また障害の理解についての社内啓発を行う。これらにより職場内の支援体制の整備を促進し、当事者の職場定着を図る。支援機関は標準的には2~4か月。
障害者を新たに雇い入れる場合の助成金>
発達障害者または難治性疾患患者を雇い入れる | 特定求職者雇用開発助成金(発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース) |
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障害者を初めて雇い入れる | 特定求職者雇用開発助成金(障害者初回雇用コース) |
障害者を試行的・段階的に雇い入れる | トライアル雇用助成金(障害者トライアルコース・障害者短時間トライアルコース) |