高齢者ドライバーによる事故に注目が集まる中で、免許を返納をした後の代替手段としての交通機関を利用することについて、様々な視点から課題や解決策を考えていきます。

免許を返納した人にバス運賃の割引サービスなどをしている自治体もあります。しかし、もともと公共交通機関が整備されていない地域では、車を手放すことで暮らしの質が大幅に下がることが予見されており、引きこもり、買い物難民、認知症の進行などにつながりかねないと指摘されています。

高齢化と閉じこもり予防

閉じこもり症候群とは、生活の活動空間がほぼ家の中のみへと狭小化することで活動性が低下し、その結果、廃用症候群を発生させ、さらに心身両面の活動力を失っていく結果、寝たきりになることとされています。寝たきりの原因としての閉じこもり症候群をもたらす要因には、身体的、心理的、社会・環境要因の3 要因が挙げられており、相互に関連して発生してくると考えられています。(竹内孝仁:介護予防研修テキスト,社会保険研究所,東京,128-140,2001)

免許返納など、様々な要因で外出頻度が少なくなり、生活空間が屋外・地域から自宅内へと狭まっていきます。また、買い物や送迎などの家庭における役割がない、あるいは地域社会における役割がないと、外出の頻度が低くなりますが、閉じこもり予防は、外出頻度自体を増加させることが目的ではなく、屋外、社会における役割を担う結果として、外出頻度が増え、生活全般を活性化させることが本来の目的とされています。

障害者・高齢者の交通対策

障害者・高齢者の交通対策の動きは移動困難者の利用が中心のSTサービス(移送サービス)、DRT(予約型交通サービス)等、介護・サービス・歯医者等を含む「システム=仕組み」を中心に役割を果たすものと、主として鉄道・空港・道路等「デザイン」が大きな役割を果たすもの、とがあります。

 

<移動制約者と移動困難者の分類>

移動制約者 高齢者・障害者、妊産婦、子連れの人、荷物を持った人
移動困難者タイプ1
セダン
認知症の高齢者等、知的障害者、100~200m程度の歩行可能者、交通車両内で長く立てない人、バランスを崩しやすい人、公共交通の自力利用できない人
移動困難者タイプ2
リフト・ストレッチャー
車いす使用者、入院中の人、歩行がほとんどできない人

 

交通利用と認知機能

記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害など認知障害が生じ,日常生活・社会生活への適応が困難となる高次脳機能障害を対象とした電車利用に関する調査報告があります。

平成20 年度に行われた調査(高次脳機能障害者とその家族を対象に実施された実態調査研究【回答者505名】では、6割近くの方が道に迷う(道によく迷う高次脳機能障害者【22%】・道にたまに迷う【36%】)、迷ったことのある場所として「駅の構内」と回答した方が3割近く(26%)という内容でした。(東京都高次脳機能障害者実態調査検討委員会,高次脳機能障害者実態報告書, 2008)

また、「高次脳機能障害者が電車を利用する際の困難さに関するグループインタビュー(観察研究)」では、遂行機能障害や注意障害に起因する自動券売機や自動改札機での困難さ、注意障害や空間無視,失認,失語症などに起因する「気づき」に関する困難、地誌的障害等の影響「間違った方向に向かう」といった困難が報告されています。(中山剛,生活生命医療福祉工学系学会連合大会,2012)

<高次脳機能障害のある協力者が電車の利用時に観察された困難さの具体事例>
・切符の購入額がわからず,一番安い価格の切符を購入・ 出口ではなく乗り換え口の改札を出ようとしてスタッフに止められた
・ 降車駅で自分から進んでは腰を上げることはしないなど降車の認識がなく,同行者からの声掛けが必要であった
・ 上り線のホームにむかうべきところを,行き先を確認せず,下り線のホームにむかってしまった
・ 降りる必要のない駅で下車してしまった
(中山剛,生活生命医療福祉工学系学会連合大会,2012)より引用

 

高次脳機能障害の電車利用の自立に至らない特徴的な行動として、「電車に乗り遅れる」、「下車する駅になっても降りようとしない」、「横断歩道で左右確認が不十分」等の乗車・下車、最寄駅までの移動における問題が多く見られており、電車利用において特に注意機能が自立に影響を及ぼしている可能性が示唆されています。(北上守俊ら,新潟県作業療法士会学術誌,11,27-35,2017)

失語 話すこと、聞くこと、読むこと、書くことなど様々に障害→道に迷っても他人に聞くことが難しい
注意障害 電車が到着したのに気が付かない、電車の種類を確認せずに乗車、操作が複雑な自動券売機でミスする
記憶障害 財布や切符を無くす、置き忘れる、目的地や外出の目的自体を忘れる、自動券売機の操作方法を忘れる
行動と感情の障害 他の乗客とトラブルになりやすい、突発的な事象に対応できない/しようとしない
半空間無視 人とぶつかってしまうリスクも高まる→電車やバスの利用時に他の乗客とトラブルになることも
遂行機能障害 臨機応変を求められる状況は苦手、手順を立てることが苦手→複雑な操作を要する機器に対して混乱
失効 意図した動作や指示や指示された動作を行うことが出来ない→自動券売機や改札など操作を要する機器の習熟が難しい、時間が掛かる、わからない
失認 目に見えているのに色、物の形、物の用途や名称がわからない→乗り物の音などの環境音の区別ができなくなって危険

(中山剛,高次脳機能障害者が電車を利用する際の困難さに関する調査研究,2012)より引用作成