予防医学の用語には①一次予防(疾患予防、健康増進)、②二次予防(早期発見と早期対応による症状の重度化の予防)、③三次予防(機能回復や社会復帰などのリハビリテーション)があるが、この認知機能低下に対する「予防」については、②二次予防と③三次予防についての報告されてものについて紹介します。

運動と認知症予防

全国各地で行われている介護予防事業において、運動介入を取り入れた認知機能低下予防事業が広まっている。これは運動により海馬の神経新生が促されるという報告があるなど、身体運動が脳機能に対して効果が発揮するメカニズムについて脳由来神経栄養因子(BDNF)やインシュリン様成長因子等の放出の増加など、が考えれらています。(Paillard T, et al, J Clin Neurol,11;212-219,2015)

NIH(National Institutes of Health:アメリカ国立衛生研究所)は、2010年に認知症予防に有効と考えられるライフスタイルの8つの具体的な提案の中で、運動習慣をその一つとして挙げられています。(NIH:Can We Prevent Alzheimer’s Disease?  Research Provides New Leads.July 2010)

1984年~2009年までの認知症予防に関する約7,000偏の文献を検索し、栄養面、医学的要因と薬品、社会・経済・行動要因の各介入タイプと方法の点で効果判定を行った結果、ビタミンB・葉酸やω-3不飽和脂肪酸などの栄養面、降圧剤やコリンエステラーゼ阻害薬などの医学的要因、および薬品についての認知症予防の効果は認められなかったものの、社会・経済・行動要因の運動のみが有効であったという報告があります。(Plassman BL, et al :Ann Intern Med,153 (3) :182-193,2010)

認知症予防に対して、運動による介入が現在のところ明確なエビデンスを伴っていると言い難く、認知機能改善に効果のある運動プログラムも明示されているが、認知症者に対する運動介入が限局的ではあるが認知症予防に対して一定の効果を示しており、今後さらに検証を進める必要があるとされています。(斉藤琴子ら,MB Med Reha,206:30-35,2017)

ゴルフの予防効果

ゴルフが高齢者の認知機能低下への予防効果があるかを検証するプロジェクトが行われています。

運動習慣のない65歳以上の男女126人に対して、「ゴルフ教室コース」(介入群)、「健康講座コース」(対照群)に分けて、記憶力等の認知機能、握力・歩行速度・身長・体重などの身体機能、採血など5項目を検査前と実施後に測定。介入群は毎週1回24週間ゴルフ場にてゴルフ指導を行い、最終的にコースラウンドをでる。対照群は半年間で2回健康講座を受講するが、基本的にジョギングなどの運動は禁止としている。

 

知的活動と認知症予防

(内閣府「教育・生涯学習に関する世論調査<平成27年>※60歳以上を抜粋し作成)

「知的活動」とは知的刺激を伴う趣味や余暇活動(cognitive leisure activity)を示し、知的活動や認知的介入による認知機能低下や認知症発症予防効果は、介入研究の困難さから「推奨グレートC1」(科学的根拠はないが、行うよう勧められる)とされています。(日本神経学会(監),認知症疾患治療ガイドライン2010,181-182,医学書院,東京,2010)

<認知的介入>

①認知刺激(cognitive stimulation)  認知機能の改善を目指すのではなく、知的刺激を含む活動を通じて認知機能の全般的な賦活を目指すもの
②認知トレーニング(cognitive training) 記憶・言語などの特定の認知機能の改善を目的とする構造化したトレーニングを行うもの
③認知リハビリテーション(cognitive rehabititation)  より個別に対象者やその家族の問題解決に向け、介入を行い、認知機能改善だけでなく、代償手段の活用やADL練習などの複合的な介入を含め、生活全般の改善を目的とするもの

 

<知的刺激を伴う趣味や余暇活動の具体的項目>

新聞を読む、チェスなどのゲーム、図書館の利用、読書、筆記、クロスワードパズル、カードゲーム、グループ討論、楽器演奏、絵を描く、手工芸、木工、手紙を書く、手作業、編み物、鍵編み、学習、美術館へ行く、テレビを観る、映画・観劇等

(山上徹也,老年精神医学雑誌,28(1),37-43,2017)

2000~2011年までに発表された52論文のシステマティックレビューでは、90%の論文(47)がleisure activity(知的、身体、社会活動等)が認知機能低下や認知症発症リスクを軽減したと報告しており、そのうち知的活動による効果の報告が38%(20)。(Fallahpour M et al; Scand J Occup Ther , 23(3):162-197,2016)

19論文のメタ解析では、知的活動は高齢期の認知機能全般、記憶力、処理速度、前頭葉機能の低下を遅らせ、認知機能低下や認知症発症リスクを平均で43%軽減するとされています。(Yetes LA et al, Int Psychologeriatr, 28 (11);1791-1806,2016)

日々の生活の中での知的刺激を伴う趣味活動や余暇活動を促す8週間の介入プログラムが実施されたAKTIVA研究(active cognitive stimulation-prevention in the elderly study)では、介入群で認知機能と老化に対する態度に改善、知的活動の頻度が増加した、そのなかで前期高齢者では主観的な記憶力の低下、後期高齢者では注意力が改善したと報告されています。(Tesky VA et al, Gero Psychiatry, 23 (4);360-372,2015)

軽度認知障害(MCI)に対する認知的介入効果を検証したもので、介入前後のデータが示された17研究の解析結果では、介入群では介入前後で認知機能と生活機能の有意な改善を認めたという報告があります。(Li H et al, Ageing Res Rev ,10 (2);285-296,2011)

栄養と認知症予防

1988年に設定した久山町研究のうち食事検査を受けた認知症のない1,006人(60~80歳)を対象にした追跡研究で認知症発症に影響を与えるものを検証した結果、大豆・大豆製品、緑黄色野菜、単色野菜、海藻類、牛乳・乳製品の摂取が多く、米の摂取が少ないという食事パターンが抽出されています。(Ozawa M, et al ,the Hisayama Study.Am J Clin Nutr 97;1076-1082,2013)

ニューヨークの一般住民2,258人を対象に平均4年間の観察を行い、地中海式食事を最も遵守する群は全く遵守しない群に比べてアルツハイマー病の発症が4割抑えられたという報告があります。(Solfrizzi V,  et al ;Expert Rev Neurother 11:677-708,2011)

抗酸化ビタミンの摂取がアルツハイマー病の発症を予防するという調査として、65歳以上の815名を平均約3.9年追跡し、食事中のビタミンEと発症率の関連をしたべたものでは、最も摂取の多い群と少ない群では発症リスクが70倍低かったという報告があります。(Moris MC, et al,JAMA,287;3230-3237,2002)

ニューヨークの65歳以上の980名の調査では、食品、サプリメントにかかわらず、ビタミンE、ビタミンC、βカロチンのすべてに予防効果がなかったと報告されています。(Engerhart MJ ,et al;JAMA287;3223-2339,2002)

動脈硬化の危険因子であるホモシステインは、葉酸、ビタミンB12、ビタミンB6のうち一つ以上が不足するとホモシステイン濃度が高まる恐れがある。血漿総ホモシステインが高いほど、側頭葉内側面の委縮が強いことが報告されアルツハイマー病の発症に関連するとされています。(Snowdon DA,et al; Am J Clin Nutr 71;993-998,2000)

オランダで818例を対象としたFACITH試験では、血漿総ホモシステイン値が13µmol/Lより高いか、血清葉酸値が12nmol/L未満、ないし葉酸摂取量が1日350µg未満であった者は葉酸補充が有効であり、認知機能低下速度が緩やかになる可能性が高いことが示唆されました。(Durga J ,et al ;Lancet 369;208-216,2007)

DHA(ドコサヘキサエン酸)の認知症患者への介入試験は軽度認知機能障害やMMSE27点以上の例に改善効果があったとの報告があります。(Yurko-Maruo K, Alzheimers Dementia 6;456-464,2010)

地域住民在住日本人111人を対象にDHAとEPA入り魚肉ソーセージを使用した2年間の無作為二重盲検比較対象試験を行った結果、対照群と比較してMMSE(ミニメンタルステート検査)が27.7±2.6から28.8±2.0へ有意に増加し、特に注意力と計算力で改善が得られた報告があります。(Hashimoto M,et al ;Journal of Aging Research & Clinical Practice 1;193-201,2012)