神経変性疾患

神経変性疾患は、老化(加齢)、病的(孤発性、神経機能不全、内因性神経毒生成など)、家族性(遺伝的要因)あるいは環境因子(外因性神経毒の暴露、摂取など)により、中枢神経の限局された領域において深耕性でかつ不可逆的な神経細胞死(神経脱落、脳萎縮など)が過剰に引き起こされることが特徴とされています。

症状は、神経変性部位あるは損傷領域により異なり、前頭葉、錘体路、錐体外路などでは運動失調が見られ、側頭葉では認知記憶障害を呈することが多いとされており、前頭葉機能障害では、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害など損傷の程度や患者によって症状が異なることが多いとされています。(金子周司[編],薬理学,化学同人:171-184,2009)

具体的にはパーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄小脳変性症(SCD)など代表的な疾患とされています。

パーキンソン病

パーキンソン病は振戦・無動・筋強剛・姿勢反射障害などの運動症状を主体とした疾患で、自律神経症状や睡眠障害、うつなどの非運動症状があり、そのひとつとして認知症も重要視されてきています。

パーキンソン病において認知症を示すPDD (dementia associated with Parkinson’s disesse)と呼ばれる状態となり、その前駆症状としてのMCI(軽度認知障害)をPD-MCIと呼ばれています。(中島健二,日本臨床,75(1):101-104,2017)

パーキンソン病では認知症を呈さない段階でも認知機能障害が認められることが指摘されており、特に遂行機能障害、視空間認知障害など、記憶以外の認知機能障害を示すことが多いとされています。(森秀生,パーキンソン病.認知症神経心理学アプローチ,中山書店:230-237,2012)

Movement Disorder Society(MDS)の専門委員会で提案されたPDDの診断基準によれば「PDの発症・診断確定後に出現、進行増悪した日常生活に障害を示すレベルの認知障害を示すもので、変動する注意障害、遂行機能障害、視空間認知障害、自由想起障害による記憶障害の四つの中核的な認知機能障害の内で少なくとも二つのを伴うもの」がprobable PDDと定義されています。(Emre M,et al:Clinical diagnostic criteria for dementia associated with Parkinson’s disease Movement Disorsers 22:1689-1707,2007)

MDSの専門員会より提唱された診断アルゴリズム(レベル1:日常診療に用いることのできる簡便なアルゴリズム)

1.Queen’s Square Brain Bank CriteriaによりPD(パーキンソン病)の診断が確定されている
2.PDは認知症の発症前に発症している
3.MMSE(ミニメンタルステート検査)が26点未満だる
4.認知機能障害は日常生活を障害している(介護者の問診または質問紙により評価)
5.以下のテストの内で少なくとも二つが障害を示す

認知機能 テスト cut-offポイント(正常とみなされる 範囲を区切る値)
注意障害 逆から一年の月の名前を言う 二つ以上の欠落
100から順に7を5回引く 二つ以上の誤答
遂行機能障害 語彙の流暢性 例えば”S”で始まる単語が1分間に9つ未満しか言えない)または時計の描画(例えば時計の絵を描いて、10時2分前の一に長針と短針が描くことができない
視覚認知障害 MMSEの五角形の模写 MMSEの五角形の模写ができない
記憶障害 三つの単語の想起 MMSEの三つの単語の想起が少なくとも1つできない

(武田篤,脳21,19(4):375-377,2016)より一部改変

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は孤発性と遺伝性の両型を有する運動ニューロン病で若年と中年に起こる最も多い神経変性疾患です。

1970年代にはALSの障害は運動系に限ると考えれ「進行して完全麻痺状態になっても意識と認知機能は正常に保たれる」というのが定説でしたが、今では「ALS-前頭側頭葉変性症(FTLD)」としてTDP蛋白異常症に分類され、難病法制定ににより視点難病に認定されています。(葛原茂樹,難病と在宅ケア,23(3):59-63,2017)

ALSにおける認知障害への傾向は前頭葉テストで人格変化、過敏性、脅迫観念や妄想、見識の拙劣さ、広範性欠如の存在により明らかになっており、これらの事項は前頭側頭型認知症(FTD)における性格、社会的行為、行動異常に対する変化に一致しているとの報告があります。(Phukan J et al,Lancet Neurol,6(11):994-1003,2007)

大脳皮質基底核変性症CBD)

大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration:CBD)は、1968年にRebeizらにより”conticodentatonigral degeneration with neuronal achromasia”として最初に報告された進行性の神経変性疾患です。(Rebeiz JJ,et al,Arch Neurol,18(1):20-33,1968)

大脳皮質と皮質下神経核(特に、黒質と淡蒼球)の神経細胞が脱落し、神経細胞及びグリア細胞内に異常リン酸化タウが蓄積する疾患で、認知症がしばしばみられ、認知症に至る前に「遂行機能」、「視空間機能」、「記憶」等の低下が指摘されており,これらの機能を評価する必要があるとされています。

CBDに認知症が伴う率は臨床例を主に対象としたものでは,6剖検例を含む36例のCBDの調査によると発症から平均5.2年の経過をみた30例では30%で認知機能の低下がみられています。(Kasashima S,Acta Neuropathol,105(2):117-124,2003)

剖検で診断されたCBD210例の最終的な臨床診断が大脳皮質基底核症候群(CBS)37%、進行性核上性麻痺症候群(PSPS)23%、前頭側頭型認知症(FTD)14%、AD-like dementia 8%、失語症5%、パーキンソン病(PD)4%などであった報告があります。(Armstrong MJ,et al,Neurology 80(5):496-503,2013)

全般的な認知機能の低下が明らかでない段階でも神経心理検査により次のような認知機能の障害の報告があります。

  • WCST(ウィスコンシンカードテスト)や語の流暢性などの遂行機能の障害がみられる(Pillon B,et al,Neurology,45(8):1477-1483.1995)
  • 前頭葉機能検査(FAB:frontal assessment battery)はパーキンソン病に比べてもスコアが低い(Dubois B,et al,Neurology,55(11):1621-1626,2000)
  • 視空間機能をみる神経心理検査でも低下がみられる(Soliveri P,et al,Neurology,53(3):502-507,1999)
  • 記憶については全般的な認知機能が同程度で比較した場合、即時・近時記憶はアルツハイマー病に比べると障害は軽い(Massman PJ,et al,Neurology,46(3):720-726,1996)
  • 即時・近時記憶はアルツハイマー病に比べると同程度に障害される(Bak TH,et al,Neurocase,11(4):268-273,2005)
  • 記憶低下は手がかり(キュー)を与えることによって改善する点はアルツハイマー病と異なると指摘されている(Pillon B,et al,Neurology,45(8):1477-1483.1995)

ハンチントン病(HD)

ハンチントン病は、常染色体優性遺伝様式をとり、舞踏病運動を主体とする不随意運動と精神症状、認知症を主症状とする慢性進行性神経変性疾患であり、進行すると構音、構語障害が目立つようになり、人格の障害や認知障害が明らかとなるとされています。(難病情報センターホームページより引用)

ハンチントン病(当時はハンチントン舞踏病)に罹患した松本則子の闘病の記録「父ちゃんのポーが聞こえる <則子・その愛と死>立風書房 (1971)」(同年映画化)で知られるようになりました。

ハンチントン病の有病率は全世界で10万人あたり2.7人(アジアでは0.4人)と推計されています。(日本精神神経学会,DSMⅤ-5®精神疾患の診断・統計マニュアル,医学書院:630-632,2014)

ハンチントン病による軽度認知障害および認知症の診断基準がDSM-5で示されています。(DSM5 病名・用語翻訳ガイドライン(初版) – 日本精神神経学会)

進行性のは認知機能障害はハンチントン病の中核症状のひとつであり、学習・、記憶障害よりも実行機能の障害が早期に出現するとされています。ハンチントン病の前駆期や早期診断時には職業的機能の低下が見られ、機能低下に最も影響する認知機能障害は、記憶障害よりもむしろ処理速度、開始、および注意の障害と考えられています。(布村明彦,老年精神医学雑誌,25(8):891-894,2014)

ハンチントン病の認知機能低下は特に記憶、遂行機能の障害がみられ、遅延再生の障害と記憶の障害が特に見られるとされています。(Zakzanis KK,J Clin Neuropsycol,20(4):565-578,1998)

ハンチントン病統一評価尺度(UHDRS:Unified Huntington’s Disease Rating Scale)の認知機能の評価には「語の流暢性テスト」、「Symbol Digit Modalitiesテスト)」、「Stroopテスト」が採用されており、遂行機能は全般的認知機能の低下の影響を受けることも考慮しなければならないとされています。(Henrry JD,et al,Neuropsychology,19(2):243-252,2005)

遂行機能の評価の詳しい説明は「認知機能と遂行機能」のページをご覧ください。

その他の神経疾患

多発性硬化症(MS)

多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は、中枢神経系の慢性炎症性脱髄疾患であり、特徴は時間的・空間的に病変が多発すし、全経過中にみられる主たる症状は、視力障害、複視、小脳失調、四肢の麻痺(単麻痺、対麻痺、片麻痺)、感覚障害、膀胱直腸障害、歩行障害、有痛性強直性痙攣等であり、病変部位によって異なるとされています。(難病情報センターホームページより引用)

多発性硬化症の障害に関しては、総合障害度評価尺度(EDSS)などに代表される身体機能を中心に評価されてきましたが、身体障害は症状の一部に過ぎず、最近では生活の質(QOL)や認知機能に目を向けられるようになりました。

多発性硬化症は認知機能に関してはアルツハイマー病のように記憶障害が前面に出てくるわけではなく、周囲が気づきにくいとされています。また、自身の自覚がないことで周囲とトラブルになるなど、仕事や社会生活に影響を及ぼすことで生活を継続することができなくなることも稀ではないようです。

欧米では多発性硬化症の有病率(10万人あたり100人以上)が高いため、認知機能障害は注目されてきた症状の一つとされていますが、日本はその評価が難しいこともあり、あまり注目されてこなかったとされています。(新野正明ら,Brain Nerve,68(4):375-381,2016)

多発性硬化症では認知機能障害や精神症状を認めることが多く、認知機能障害は早期から晩期にかけて43~70%の症例で認められ、主に注意障害、情報処理機能低下、遂行機能障害、長期記憶障害がみられるとされています。(Chiharaballori ND,et al,Lancet Neurol.7(12):1139-1151,2008)

多発性硬化症における認知機能評価

多発性硬化症で障害される主な認知機能は、注意・集中・情報処理といったドメインのため、認知機能評価のスクリーニング検査であるMMSE(mini-mental state examination)などでは多発性硬化症の認知機能評価のバッテリーとしては十分に評価できないとされています。(Rocca MA,et al,Lancet Neurol,14(3):302-317,2015)

広く用いられているバッテリーとしてMACFIMAS(Minimal Assessment of Cognitive Function in MS)とBRB-N(Brief International Cognitive Assessment for MS:神経心理学的簡易反復検査法)がありますが、使用のハードルが高く(時間がかかることや専用の資材が必要)、「注意」、「集中」、「情報処理」といったドメインだけであれば15分程度の時間で施行できるものがあります。これらは日本語版がないため、日本での臨床・研究では使用するのが難しいとされています。(多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017 、医学書院,2017)

<多発性硬化症において汎用される認知機能評価のためのバッテリー>

MACFIMS BRB-N BICAMS
 1回あたりの施行時間  90分 45分 15分
認知機能(Dmain)
 視覚情報処理スピードと作業記憶 SDMT SDMT SDMT
 言語性記憶  CVLT-Ⅱ SRT  CVLT-Ⅱ
 視覚/空間エピソード記憶  BVMTR 10/36 SPART BVMTR
 聴覚情報処理スピードと作業記憶  PSAT  PSAT
 言語流暢性  COWAT COAT
 視空間情報処理  JLO
 遂行機能 D-KEFS

BICAMS:Brief International Cognitive Assessment for Multiple Sclerosis、PASAT:連続聞き取り加算検査、SDMT:符号数字モダリティー検査、CVLT-Ⅱ:California Verbal Learning Test-Ⅱ、BVMTR:Brief Visuospatial Memory Test-Revised、D-KEFS:Delis-Kaplan Executive Function System、JLO:Judgment of Line Orientation、COWAT:Controlled Oral Word Association Test、SRT:選択想起検査、SPART:視空間認知検査

(新野正明ら,Brain Nerve,68(4):375-381,2016)より引用

多発性硬化症の認知機能障害に対する臨床試験が行われ、7つのランダム化比較試験(RCT)を評価したコクランレビューが報告され、ドネペジルの2つの試験だけは臨床的、方法論的に近いものがあり評価できるが、多発性硬化症の認知機能障害には効果が期待できない結果であったという報告があります。(He D,et al,Cochrane Database Syst Rev 12;CD00876,2013)

多発性硬化症の認知機能障害に対して行われた神経心理学的リハビリテーションに関するコクランレビューで、20の臨床試験を調査した結果、弱いながら神経心理学リハビリテーションが認知機能を改善するエビデンスを報告しています。(Rosti-Otajarvi EM,et al,Cochrane Database Syst Rev 2:CD009131,2014)