高齢ドライバーによる自動車事故は増加傾向にあり,その原因として加齢による機能低下が運転能力に与える影響が指摘されています(高齢者運転適性ハンドブック,自動車技術会 高齢者運転適性研究委員会報告書,2005)
運転能力とは自動車の運転に必要な知覚・認知,状況判断・意思決定,操作行動の複合的な能力であり,加齢による感覚機能や認知機能,運動機能の低下により不安全な運転行動が引き起こされると考えられています。(豊田泰孝ら,老年精神医学雑誌,19:138-143,2008)
しかしながら、高齢者福祉の視点から考えると、運転能力の評価は、高齢ドライバーを危険視するのではなく、指導・助言・教育の機会を提供しすることで、高齢ドライバーが安全に運転でき,生活の質の向上を可能にすることにあります。同時に、車の運転は「移動手段」という重要な生活機能のひとつであり、単なる運転免許証の返納の是非ではなく、その人らしい暮らしの姿を継続するために、どのようなあり方が望ましいのかを考えることが重要です。
本ページでは、運転免許証や事故の問題を論じるときに、メディアからの情報では「高齢者=認知症の人」という誤解を招く報じ方がみられることがあるため、高齢者および認知症と診断(疑いも含む)されたドライバーへの対策の変遷や課題、認知症以外の認知機能の低下が伴う疾患における運転免許の対応、高齢になるにつれて配慮すべき身体と精神の機能の変化に関する情報を運転能力と認知機能の関係を含めて紹介していきます。
◎暮らしのヒント・支援のポイント ~ 誰もが安全安心な社会づくりをめざして ~ 自動車を運転するということは、生活環境によって、職業によって、必要不可欠な場合があります。また、車というものは、とても楽しく、魅力的で、所有し運転することが趣味であり生きがいだという人もいらっしゃるでしょう。 私たちが、何らかの理由で積極的に望まない状態で、今後の運転を中止する決断をする際には、さまざまな考慮すべき背景があります。 自分の生活の中で、そして、支援する対象の方の生活にとって、移動手段としての車という考え方に加えて、個人個人のさまざまな背景を考えながら、誰もが安全に暮らしていける生活や社会づくりを進めていきたいものですね。 |
高齢者および認知症と自動車運転に関する対応
高齢者および認知症と自動車運転に関する対応については、2002年の道路交通法の改正や2009年から75歳以上高齢者に導入された講習予備検査(認知機能検査)、2014年からの医師の任意通報制度の開始、そして2017年3月12日から高齢運転者の交通安全対策の推進のため、加齢による認知機能の低下に着目した臨時認知機能検査制度や臨時高齢者講習制度の新設、その他制度の見直し等が行われました。
高齢運転者に関する交通安全対策の規定の整備について(警視庁ホームページ)
2017年3月の改定にあたり、2016年11月に日本老年精神医学会、日本精神科病院協会、日本精神神経医学会の3つの団体から、2017年1月には日本神経学会、日本神経治療学会、認知症学会、日本老年医学会の連名で警察庁をはじめ関係省庁に提言されています。
第1回 高齢運転者交通事故防止対策に関する有識者会議 配布資料(警察庁ホームページ)
また、認知症当事者団体である「日本認知症ワーキンググループ(JDWG)からも、2017年3月に運転免許に関する提案がありました。
運転免許に関する日本認知症ワーキンググループ提案(JDWG)
認知症当事者の運転と交通安全については、医学的エビデンス等に基づき交通事故被害者・遺族をはじめとする国民が納得できるように調整を図ることが重要としています。(岡本努,警察庁交通局運転免許課高齢運転者等支援室長)
日本医師会では、認知機能検査にて第1分類(認知症のおそれがある)になった高齢運転者に対し診断書提出が義務づけられたことを受け「かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許更新に関する診断書作成の手引きについて」(日本医師会ホームページ)を公開しています。
認知症患者の運転の危険性を予測するのに最も有用な指標はCDR(the Clinical Dementia Rating scale)とされています。(Iverson DJ,er al:Neurology 74:1316-1324,2010)
CDRとは CDR(Clinical Dementia Rating)は、米国CERAD(Consortium to Establish a Registry of Alzheimer’s Disease )作成の認知症重症度の評価尺度で、0.5:認知症疑い、1:軽度認知症、2:中等度認知症、3;重度認知症とされています。運転免許センターにおける認知機能検査において第1分類に判定された人は、CDR1以上の認知症が強く疑われるレベルに該当するため、医療機関受診時に行った認知機能検査(HDS-R、MMSE)が20点以下であれば、認知症の可能性が高いと考えられています。臨床認知症評価法 – 日本版(CDR – J) ワークシート |
2014年6月の道路交通法改正にともない、免許の取得・更新時に一定の病気に関する質問票の提出が義務付けられ、虚偽記載には罰則も設けられました。
こうした措置にともない、更新時に医療機関に相談をする(脳疾患などの)既往歴のある人が増えています。リハビリテーション病院などではドライビングシュミレーターなど、運転のアセスメントに関する機器の整備が行われていますが、多くの医療施設では難しい現状があります。
運転に支障のある一定の疾患を持つものには運転再開にあたって、自らがその運転に必要な認知機能や運転行動が十分であるかをアセスメントできるような環境整備も対策のひとつとして必要と考えます。
また、「6 ヵ月以内に回復する見込みがある認知症」については6 ヵ月以内の免許の停止と規定されています。
「6 ヵ月以内に回復する見込みがある認知症」という病態にはそれ以上の医学的説明はなく、多義的に解釈可能でありますが、せん妄等の意識障害、うつ病等による仮性認知症、認知症の前段階とみなしうる軽度認知障害、そして高次脳機能障害が含まれるという報告があります。(三村將,高次脳機能研究 31(2):157-163,011)
米国では、認知症の可能性があっても、できるだけ長く運転を継続できるよう支援しながら、どの時点で危険と判断し運転を断念させるか適切に判断することが課題とされています。(Bodenheimer CF,et al:Arch Phys Med Rehabil 85:s23-s26,2004)
高齢ドライバーの運転免許証の自主返納
2007年の道路交通法改正により、申請による免許の取り消し(自主返納)の制度が導入され2008年4月から施行されています。また、2011年の道路交通法改正により、申請による免許の取り消しを受けた者は、運転経歴証明書(申込方法)の交付を申請することができます。
2016年における免許証の自主返納件数は34万件を超えており、そのうち75歳以上の者によるものは16万件あまりで約47%を占めています。
全国の自治体や交通安全協会、交通・運輸事業者などの協力により、免許証の自主返納したものにたいする様々な支援(交通機関の運転割引、回数券、ICカードの配布等)が行われています。
75歳以上の高齢ドライバーを対象としたアンケート調査によると、自主返納者のために必要な支援として「交通機関の発達」や「交通手段に関する支援の充実」を要望する人が7割をしめています。(「高齢者講習に係る新たな制度及びその運用の在り方について」平成27年度警察庁調査研究)
2015年6月に成立した改正法の国会審議において「運転免許の自主返納等の理由で自動車等を運転することができない高齢者の移動手段の確保については、地方自治体等と連携しながら中長期的な視点も含め適切に対策を講じていくこと」等を内容とする付帯決議がなされています。
認知症の人の自主返納については、家族の協力が必要ですが、運転ができなくなったことによるうつ状態をともなうことがあるため精神状態のフォローアップが十分にできなかった、運転が認知症の予防になるという家族の強い想いから運転中断が遅れた、自動車運転が禁止であることについて曖昧な説明をしてしまった、等の介在した医師の失敗事例の報告があります。(上村直人,老年精神医学雑誌:28(6):600-604,2017)
車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル©(国立長寿医療研究センター 長寿政策科学研究部)
自主返納は運転者本人が自分の意思で行うものであって、これを周囲が強制したり、その促進に警察など行政機関がが謙抑的になるのではなく、医療・介護・福祉、地域公共交通などの関係者と連携し本人家族が理解と安心があるあり方にしていく必要があります。
欧米では高齢者の運転に対する政策は重要な交通手段でもあり様々な対応をとっています。オーストラリアは車がないと生活不可能となるため、運転の可否は個別判断を原則として、認知症の人でも例えば自宅から5キロ以内とか日中のみという対応がとられています。(朝日新聞2017.5.14)
日本でも車がないと生活ができない地方などは、認知症を理由に免許を取り上げることで認知症が進行するため、免許に限定免許や地域免許、日中のみ運転可の免許などを導入することは不可欠で現実的な対策との指摘があります。(堂垂伸治,労働者住民医療 321;40-46,2017)
◎暮らしのヒント 支援のポイント ~ ある生活・ない生活 ~ 上のグラフは、運転免許証の自主返納数の推移を年代別にまとめたものです。2014年以降、70歳代前半の方の返納数が大きく増加しています。自主返納の背景にはさまざまな要因がありますが、これをご覧になっている方が、ご自身について、または親や近所のご年配の方について、自ら運転しない生活を考えた場合、どのような生活になるでしょう?買い物や通院、趣味や遊びに、行きたいときにいけるでしょうか?どのような工夫や準備、支援や協力があればよいでしょうか?私たちの生活の中で、「ある生活・ない生活」を想像してみることは、いつまでも安心して暮らし続けられる地域社会を作るために、大切な第一歩ですね。 |
高齢ドライバーにおける運転能力と認知機能
運転に必要な認知機能には、神経心理学検査による一般的知能、注意力、視空間認知・視空間処理、情報処理能力、判断力の評価等、右図にある項目がスタンダードとされています。(富岡大ら,日精協誌 35(5):13-17,2016)
※神経心理学検査の詳しい説明は「神経心理学的検査」をご覧ください。
fMRI(functional magnetic resonance imaging)を用いた運転シュミレータ操作中の研究では、運転中の注意を感知・反応するネットワークとして「前頭葉、頭頂葉、帯状回、小脳」が指摘されています。また、運転準備には「前運動野、頭頂葉、小脳」が、予期せぬ状況では「後頭葉外側、小脳、前補足運動野」が、交通規則の遂行には「右前頭前野」が関連する等、様々な報告があります。(渡邊修ら,Jpn J Rehabil Med 50:93-98,2013)
高齢ドライバーは若年者と異なり最高速度違反は少なく、一次不停止、運転操作不適、漫然運転が多く、慎重な運転をする一方で、注意力低下、反応性不良、運転操作の問題などがあるとしています。全体として高齢ドライバーの運転態度は比較的慎重であるが、ゆとりある運転態度が失われていく傾向が顕著であり、大渋滞の原因や二次的な交通事故の引き金になっている可能性は否定できないとされています。(三村將,老年精神医学雑誌,16:792-801,2005)
高齢ドライバーの運転特性とは,加齢による認知機能(知覚・注意能力)の低下に加え,判断能力の低下(正常な判断ができず事故を未然に回避することができないこと)を含む複合的な機能低下が事故原因となる可能性があると捉えられています。
ただ、高齢ドライバー全体では事故関与の危険性が他年齢層より高いとは言えず、高齢ドライバーの運転特性は、脳の柔軟性、認知反応特性、運転日数と大きく関連しており、若者と比較して個人特性のバラツキが多いという報告があります。(小竹元基,日本機会学会論文集,71(709):124-131,2005-9)
また、運転を中止することによって、抑うつ症状の悪化、友人ネットワークの減少、3年後の死亡リスクの増大といったことが示されています。(Fonda SJ,et al:Journal Gerontol Ser B Psychol Sci 56:343-351,2001)
高齢者は認知機能・感覚機能・身体機能の低下を補うため、運転調整行動・補償行動という自分の運転行動を変更・修正するとされています。(Baldock MRJ,et al:Clin Gerontol 30:53-70,2006)
◎暮らしのヒント 支援のポイント ~ 高齢運転者標識(もみじマーク)を知っていますか? ~ 高齢になると、個人差はありますが、やはり若いころと比べると身体のあちこちに衰えを感じるものです。運転をする際にも、ヒヤッとすることが増えたかも…と感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。 ところで、「高齢運転者標識(通称もみじマーク)」をご存知ですか?これは、70歳以上の方で、加齢に伴って生ずる身体機能の低下が、自動車の運転に影響を及ぼすおそれがあるときにつけるマークです。強制ではなく努力義務ですが、高齢の方自身も周囲の方も、安全に運転するために大切なマークです。必要な場合には、活用しましょう。 なお、周囲の自動車はこのマークをつけた自動車が安全に通行できるように配慮しなければならず、幅寄せや割り込みをした自動車運転者は処罰されます。(道路交通法第71条第5の4号等) もみじマークをつけた自動車を見かけたら、車間距離と気持ちに余裕をもって、ドライバー皆が安心して運転できるように心掛けたいものですね。 |
高次脳機能障害と自動車運転
高次脳機能障害は、認知症のような(実質上の)絶対的欠格事由ではありませんが、認知機能のどの領域がどの程度保たれていれば運転適性とみなされるかの基準があいまいとなっています。
認知症を除く多くの疾患に関しては,相対的欠格事由(取り消し“できる”)となっており、疾患を有するドライバーについては,申告書の記入の義務づけや,必要に応じた運転適性相談を行うこととなっています。
高次脳機能障害者の自動車運転に関しては,医学的見地から何らかの一定の基準で安全性を評価した後,継続例については6 ヵ月ごとの定期的観察を行っていくのが基本とあります。(三村將,高次脳機能研究 31(2):157-163,011)
相対的欠格になる疾患
〇統合失調症 (日本医師会「道路交通法に基づく一定の症状を呈する病気等にある者を診断した医師から公安委員会への任意の届出ガイドライン」2018) |
精神疾患における自動車運転
2002年の道交法改定で「精神病者」は「幻覚の症状を伴う精神病」「自動車の安全な運転に支障を及びすその他の病期」とされ、公安委員会は障害の程度により交付を判断する相対的欠格となりました。
その後、日本精神神経学会は、精神疾患について「疾患名を挙げた欠格について医学的根拠はなく状態像診断とすべき」と表明しましたが受けいられず、政令で病名が明記され、運用によって絶対的欠格にもなりうる規定がのこされています。現在は拒否要件として統合失調、気分障害や双極性障害が例外的に許容するかたちとなっています。
道交法が免許欠格として特に疾患名をあげていることに医学的根拠はなく、事故統計で危険運転に陥る傾向が高いとされたわけではなく、差別規定であると言わざるを得ない状況にあります。
運転適性を十分に有しながら規制や罰則の中で運転を断念するケースがあり、患者の運転する権利を擁護することも精神科医の義務であると述べています。(三野進,精神科 30(4):324-329,2017)
精神疾患における認知機能の詳しい説明は「精神疾患と認知機能」のページをご覧ください
発達障害と自動車の運転
発達障害のある人は運転には不向きであることを当事者・家族が記述する記事がインターネットで数多く掲載されていますが、認知症や精神疾患などのように制度側のネガティブな対応は少ないようです。
発達障害のある人の自動車の運転に関する情報は、運転免許の取得や運転技術の支援に関するものが多くあり、「発達障害者に特化した運転免許取得マニュアル」や取得のためのQ&Aなどが刊行されています。
また、最近では発達障害のある人の運転をサポートする教習所が開設されるなど、社会参加のために免許取得を支援していく方向にあります。(栗村健一,作業療法ジャーナル 49(2):106-110,2015)
交通機関の利用における課題
運転免許の自主返納などにより運転をとりやめた場合、移動手段は電車などの交通機関を利用することになりますが、交通機関の利用についても認知機能が必要であることの報告があります。
自身での電車利用を「電車利用の自立」といいます。
この電車利用の自立には、一見(外出プランを立てる)計画力や(そのプランを実行する)遂行力が必要と思いがちですが、研究報告では注意機能が特に求められるとありました。(環境要因で異なること場合もあり)注意力をアセスメントするテストでは、トレイルメーキングテスト(TMT)、かな拾いテスト(無意味綴り)、WAISR(動作性検査)の3つの検査が優位性が認められています。
また、複数の作業処理が苦手な人は、予定していた電車に乗り遅れる、下車する駅になっても降りようとしない、等の行動と関連するという報告もあります。(北上守俊ら;新潟県作業療法士会誌 11;27-35,2017)
車の運転が心配な人は公共交通機関を利用するという代替方法も、注意力などの認知機能が低下していると一人で交通機関を利用するのも難しい場合があり、生活機能が低下しないような環境調整が必要となります。
認知機能の見える化による「安全運転対策」
認知症だけでなく、精神疾患、高次脳機能障害、発達障害など、認知機能の低下が見られる疾患がある中で、車の運転に対する行政の対応は異なっています。
また、過労や神経疲労による認知機能低下は事故や違反の発生要因のひとつとなっています。
疾患(病気)のあるなしで判断するのではなく、運転に必要な認知機能の状態で車の運転を考えていくのも大切ではないかと思います。
自身の認知特性を把握する、日々の変動する認知機能を見える化することが、安全運転につながります。
http://cogniscale.jp/wp/cogevo-labo/2018/02/334/