我が国において、医学的に「高次脳機能障害」と呼ばれているものは、「失語」、「失行」、「失認」が代表的であり、さらに,記憶障害,半側空間無視,遂行機能障害も含む.要素的な運動・感覚を越えて、いつ、どこ、何、どうする、あるいは個体同士の相互作用などの側面に1 つでも関与し,感覚と運動がつむぎ合わされれば「高次」な脳機能であり,脳の損傷により様々な障害が起こるとされています。(石合純夫 : 高次脳機能障害学第2版. 医歯薬出版, 東京,2012)

高次脳機能障害は、大脳の器質的病因にともなって、失語症や失行症や失認症に代表される比較的局在の明確な大脳の巣症状、あるいは注意障害や記憶障害などの欠落症状、感情障害や幻覚・妄想などの精神症状、判断・問題解決能力障害、行動異常などを呈する状態像のことをいいます。この概念は脳損傷にともなる認知行動障害を表す包括的な呼称であり、特性の病因や限定的な症状や障害を意味するものではないとされています。(後藤昇ほか,リハ医学,38;296-302,2001)

<主要症状の解説>

1.記憶障害 前向性および逆向性の健忘が認められる。全般的な知的機能の低下および注意障害を示さない場合は典型的な健忘症候群である
① 前向健忘 いわゆる受傷後の学習障害である。受傷ないし原因疾患発症後では新しい情報やエピソードを覚えることができなくなり、健忘の開始以後に起こった出来事の記憶は保持されない。
参考となる検査法は、ウェクスラー記憶検査、対語記銘課題(三宅式など)、単語リスト学習課題(Rey聴覚的言語学習テストなど)、視覚学習課題(Rey-Osterrieth複雑図形検査、ベントン視覚記銘検査など)
② 逆向健忘 受傷あるいは発症以前の記憶の喪失、特にエピソードや体験に関する記憶が強く障害される。自伝的記憶に関する情報の再生によって評価するが、作話傾向のため関係者への確認を行ったり、遅延間隔を置いて再度この課題を行い、1回目と2回目の回答が同一であれば正答と見なすことによって、患者の反応の妥当性を確認する
軽度:最近の記憶や複雑な記憶でも部分的に覚えている。意味的関連のない項目を結びつけるなど難度の高い検査で障害を示す。
中等度:古い記憶や体験的に習ったことなどは保たれている。最近の新しい記憶、複雑な事柄の記憶などは失われている。
重度:前向健忘と逆向健忘を含む全健忘、ほとんどすべての記憶の障害である。
その他、作話や失見当識が見られる。作話は、実際に体験しなかったことが誤って追想される現象である。その内容も変動するが多い。よく用いられる当惑作話とは、その時その時の会話の中で一時的な記憶の欠損やそれへの当惑を埋めるような形で出現する作話で、多くは外的な刺激により出現し、その内容は過去の実際の記憶断片やそれを修飾したり何らかの形で利用しているようなものを指している。検者の質問によって誘発され、捏造された出来事をその内容とする。
2.注意障害
① 全般性注意障害
集中困難・注意散漫  ある刺激に焦点を当てることが困難となり、ほかの刺激に注意を奪われやすい。
 参考となる評価法としては抹消・検出課題、ストループテスト、心的統制課題が挙げられる。
注意の持続・維持困難 より軽度な注意障害では長時間注意を持続させることが困難になる。時間の経過とともに課題の成績が低下する。課題を行わせると最初はできても15分と集中力が持たない。
参考となる検査法としてはContinuous Performance Test、抹消課題が用いられる。
 ② 半側空間無視  脳損傷の反対側の空間において刺激を見落とすことをはじめとした半側無視行動が見られる。同名半盲と混同しないようにする。右半球損傷(特に頭頂葉損傷)で左側の無視がしばしば認められる。参考となる評価法としては線分2等分、線分抹消、絵の模写などが行われる。なお左同名半盲では両眼の一側視野が見えず、眼球を動かさなければ片側にあるものを見ることができない。同名半盲のみの場合は、視線を見えない側に向けることによって片側を見ることができ、半側無視を起こさない。
軽度:検査上は一貫した無視を示さず、日常生活動作で、あるいは短時間露出で無視が認められる。なお、両側同時刺激を行うと病巣反対側を見落とす、すなわち一側消去現象(extinction)を示す。
中等度:常に無視が生じるが、注意を促すことで無視側を見ることができる。
重度:身体が病巣側に向き、注意を促しても無視側を見ることができない。
3.遂行機能障害
① 目的に適った行動計画の障害 行動の目的・計画の障害である。行動の目的・計画の障害のために結果は成り行き任せか、刺激への自動的で、保続的な反応による衝動的な行動となる。ゴールを設定する前に行動を開始してしまう。明確なゴールを設定できないために行動を開始することが困難になり、それが動機づけの欠如や発動性の低下とも表現される行動につながることもある。実行する能力は有しているために、段階的な方法で指示されれば活動を続けることができる
② 目的に適った行動の実行障害 自分の行動をモニターして行動を制御することの障害である。活動を管理する基本方針を作成し、注意を持続させて自己と環境を客観的に眺める過程の障害により、選択肢を分析しないために即時的に行動して、失敗してもしばしば同様な選択を行ってしまう。環境と適切に関わるためには、自分の行動を自己修正する必要がある。この能力が障害されることにより社会的に不適切な行動に陥る。
評価法としては、BADS (遂行機能障害症候群の行動評価)等がある。
4.社会的行動障害
① 意欲・発動性の低下 自発的な活動が乏しく、運動障害を原因としていないが、一日中ベッドがから離れないなどの無為な生活を送る。
② 情動コントロールの障害 最初のいらいらした気分が徐々に過剰な感情的反応や攻撃的行動にエスカレートし、一度始まると患者はこの行動をコントロールすることができない。自己の障害を認めず訓練を頑固に拒否する。突然興奮して大声で怒鳴り散らす。看護者に対して暴力や性的行為などの反社会的行為が見られる。
③ 対人関係の障害 社会的スキルは認知能力と言語能力の下位機能と考えることができる。高次脳機能障害者における社会的スキルの低下には急な話題転換、過度に親密で脱抑制的な発言および接近行動、相手の発言の復唱、文字面に従った思考、皮肉・諷刺・抽象的な指示対象の認知が困難、さまざまな話題を生み出すことの困難などが含まれる。面接により社会的交流の頻度、質、成果について評価する
④ 依存的行動 脳損傷後に人格機能が低下し、退行を示す。この場合には発動性の低下を同時に呈していることが多い。これらの結果として依存的な生活を送る。
⑤ 固執 遂行機能障害の結果として生活上のあらゆる問題を解決していく上で、手順が確立していて、習慣通りに行動すればうまく済ますことができるが、新たな問題には対応できない。そのような際に高次脳機能障害者では認知ないし行動の転換の障害が生じ、従前の行動が再び出現し(保続)、固着する。

(高次脳機能診断基準ガイドライン:高次脳機能障害情報・支援センターHPより作成)

高次脳機能障害の原因

2001年の4月から開始した高次脳機能障害支援モデル事業は、2006年から普及支援事業へと普及し、厚生労働省の高次脳機能障害支援研究班はこの事業を医療からさせ指導的な役割を果たしました。(中島八十一,高次脳機能障害ハンドブック,医学書院:1-20,2006)

研究班の調査では大阪府と広島県の調査を基にして全国の高次脳機能障害患者数を約27 万人,その中で18 ~ 64 歳の者は約7 万人と推定しました。

「平成13 年度大阪府脳損傷実態調査」(2003)で抽出された高次脳機能障害者数より大阪府における発症数を推定し人口で割ると1 年間の発症率は15.1 人/人口10 万人、2008 年に東京都高次脳機能障害者実態調査検討委員会が実施した東京都内の高次脳機能障害の調査では,人口あたりに換算すると381 人/人口10 万人と報告されました(東京都高次脳機能障害者実態調査検討委員会2008)。

原因疾患が最も多いのは、研究班の調査(右上表)では外傷性脳損傷が、東京都の調査(右円グラフ)では脳血管障害となっています。東京都の調査では60歳以上の高齢者を対象としており、高齢で脳血管障害に罹患し認知機能低下や失語症を生じた患者が相当数含まれている可能性があるとしています。

高次脳機能障害に専門的な医療や特有な社会的支援の準備の観点からは、年齢上限を設定して診断基準に基づく調査を行う必要があるとされています。(蜂須賀研二,日本医師会雑誌,145(6);1175-1178,2016)

行政的支援としての「高次脳機能障害」

平成13 年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業において、集積された脳損傷者のデータを慎重に分析した結果、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会行動障害などの認知障害を主たる要因として、日常生活及び社会生活への適応に困難を有する一群が存在し、これらについては診断、リハビリテーション、生活支援等の手法が確立しておらず、早急な検討が必要なことが明らかになりました。
そこでこれらの者への支援対策を推進する観点から、外傷性脳損傷者への行政的支援を行うために,「障害」名としての「高次脳機能障害」が診断基準とともに提示されています。

<診断基準(厚生労働省)>

Ⅰ.主要症状等

  1. 脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。
  2. 現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である。

Ⅱ.検査所見

MRI,CT,脳波などにより日障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか、あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる。

Ⅲ.除外項目

  1. 脳の器質的病変に基づく認知障害のうち、身体障害として認定可能である症状を有するが上記主要症状(1-2)を欠く者は除外する。
  2. 診断にあたり、受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する
  3. 先天性疾患、周産期における脳損傷、発達障害、進行性疾患を原因とする者は除外する。

Ⅳ.診断

  1. Ⅰ~Ⅲをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する。
  2. 高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う
  3. 神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。

高次脳機能障害の検査

高次脳機能障害を詳細に評価することによって,病巣部位の推定が容易になり,病態を把握することが可能となります。また,高次脳機能障害を詳細に評価することにより,日常生活場面での問題点や社会生活を遂行する上での注意点を明らかにすることや,予後の推定や,回復過程の評価,訓練効果の判定などに用いることも可能とされています。(Maeshima, S., et al.: J.Clin. Neurosci.,7:309-311,2000)

行動・認知モデル

高次脳機能障害の構造モデルは、米国のラスク研究所(ニューヨーク大学医療センター)の脳損傷者通院プログラムで用いられている「神経心理ピラミッド」や、国立成育医療研究センターの橋本圭司先生が提唱する「神経心理循環」がありますが、ここでは「行動・認知モデル」(山鳥重医師提唱)を紹介します。

行動・認知モデル(山鳥モデル)は、神経心理ピラミッドでは明らかに記述されていない個別の高次脳機能障害を明確に位置付けているのが最大の特徴です。また、個別症状以外のすべての高次脳機能障害に共通して現れやすい全体症状を「基盤的認知能力(意識・注意・記憶・感情)」と「統合的認知能力」に分け、「個別的認知能力(知覚性認知能力・空間性能力・行為能力・言語能力)」をはさむように配置した点にあります。

基盤的認知能力は脳活動の基礎的能力であり、発症早期はまずこの能力の回復が優先するとされています。

(山鳥重,「解説」高次脳機能障害とともにいかに生きるかー神経心理学の立場から.協同医書出版,142,2009)