認知機能は加齢とともに低下し、特に知覚測度や遂行機能、計算機能などは加齢とともに低下しますが、言語の記憶は保たれやすいなど認知機能のなかでも加齢による影響の程度は異なり、また固体による差も大きいとされています。
加齢にともなう認知機能低下は、AACD(Aging-associated Cognitive Decline)と呼ばれ,「認知症はないが,ゆっくり進む主観的あるいは客観的な認知機能低下があり,認知機能領域の記憶、注意、推論、言語、視空間認知のうち一つ以上で能力低下(年齢, 教育年数を考慮した平均値よりも1 標準偏差以上)がみられる」などと定義されています。(Levy R:International Psychogeriatrics 6;63-68,1994)
アルツハイマー病の病理研究が進むとともに、preclinicalADやMCI(軽度認知障害)といったような加齢変化ではなく病的変化を伴うことの理解がなされてるようになっています。(山口智晴,MB Med Reha 206;17-23,2017)
臨床場面ではMCI とこれら加齢関連認知低下との判別はつかないため,問診や神経心理テスト,脳画像診断によるスクリーニング・診断等が行われています。

認知症とは、一度正常に達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続性に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態を言い、それが意識障害のないときにみられるとし、国際的に広く用いられている認知症の診断基準としてICD-10(世界保健機関による国際疾病分類第10版)やDSM-Ⅲ-RおよびDSM-IV-TR,DSM-Ⅴ(米国精神学会による分類)があります。

認知症はICD-10の定義で「通常.慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等、多数の高次脳機能の障害からなる症候群」とされており、高次脳機能障害とは脳の器質的障害に起因する認知機能璋害全般を指し、基本的に認知機能障害と同義であると定義しています。
DSM-IVでは記憶障害(近時記憶障害)が必須、さらに失語、失行、実行機能障害のうち1つ以上の認知障害を示すことがdementiaの条件であったものが、DSM-ⅤのNCD(Neurocognitive Disorder:神経認知障害)では複雑性注意、実行機能、学習と記憶、言語、知覚ー運動、社会的認知のうち1つ以上の認知領域の低下を呈していることが要件となっています。このことは血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、必ずしも病初期から記憶障害が目立たない疾患をとらえやすくなったとされています。(池田学:老精神医誌 28(9);963-968,2017)
また、ICD-11の策定に向けてWHO(世界保健機関)において改訂作業が行われており、その草稿において認知症 が「精神と行動の疾患」の章から完全に取り除かれ、神経疾患の章にのみ配置されていることが明らかになりました。これにともなって2017年1月に日本精神神経学会は強い懸念を表明し、意見書を提出しています。
意見書(日本精神神経学会ホームページ)

一般的には認知症はアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症、ピック病などの神経変性疾患を伴うものをいいますが、認知症や認知症様症状をきたす疾患や病態は数多くあります。

認知症とADL

認知症の人が家族とともに、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続ける、ということが新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~厚生労働省:2014年度策定)の冒頭にあります。
この新オレンジプランでは、認知症の人を単に支えるのではなく、認知症の人が認知症とともによりよく生きていくことができる社会の実現を目指しています。
認知症と診断されても、有する認知機能等の能力を見極めて、これを最大限に活かしながら、日常の生活機能や趣味活動、社会参加等が可能になるよう支援していくことが必要とあります。
人との交流がない、外出をしない、など精神機能を使わない(精神機能の廃用症候群)ことは、意欲・食欲の低下、認知機能の低下、うつ状態、幻覚、妄想などが生じるとされています。(福井圀彦ら,老人のリハビリテーション第4版,172-178,医学書院,1992)
DSM-5では日常生活機能における自立性のレベルに注目しています。つまりMajor NCD(日本語訳は認知症)では、以前は自分でできていたことを他人がとって代わらなければならないほど自立性が妨げられ、Mild NCD(日本語訳は軽度認知障害)では自立性は保たれているものの服薬管理などの複雑なADLにはかすかな障害がみられたり、以前より努力や時間を要したりと説明しています。
今後の課題としては、疾患別にどのようなADLの低下が先行するのか、DSM-5の6つの認知障害の領域が、どのようなADLと関連するかを明らかにする必要があるとされています。(池田学:老精神医誌 28(9);963-968,2017)

複雑性注意 持続性注意、分配性注意、選択制注意、処理速度
実行機能 計画性、意思決定、ワーキングメモリ、フィードバック/エラーの訂正応答、習慣無視/抑制、心的柔軟性
学習と記憶 即時記憶、近時記憶(自由再生、手がかり再生、再認記憶を含む)、長期記憶(意味記憶、自伝的記憶)、潜在学習
言語 表出性言語(呼称、喚語、流暢性、文法、および構文を含む)と受容性言語
知覚-運動 視知覚、視覚構成、知覚ー運動、実行、認知を含む
社会的認知 情動認知と心の理論

認知症の人の在宅生活を支援するリハビリテーションとして、わが国では認知症の人本人の主体性を尊重し、「活動能力」や「活動参加や社会参加」に焦点をあてた取り組みが推進されています。(村田美希,老年精神医学雑誌 28:1010-1013,2017)
作業療法により「活動や参加」に焦点をあてたリハビリテーションを行う事で生活の質(QOL)や手段的日常生活動作(IADL:instrumental actibities of daily)が向上し、それにともなって社会参加への促進につながることが示唆されています(一般社団法人日本作業療法士協会:平成28年度「予防給付における通所リハビリテーションのあり方に関する調査研究事業」報告書:52-53,2017)
作業療法では、病気や障害、廃用により現在なにができて、なにができないのか(機能評価、活動評価)を整理し、これから日々生活する環境がどのような環境で、対象者が今後することはなにか(仕事、家事など)を知り、その折に必要な能力、道具や機器はなにか(福祉用具や自助具)、生活環境は十分か(活動分析、就労支援、住宅改修など)を考えて対象者と生活環境(仕事など)とのマッチングを行い、当事者ができることを主体とした生活形態を支援していきます。(小川敬之,老年精神医学雑誌 28:1014-1019,2017)
認知機能の低下があっても、やりたいこと、できること(できないこと)を整理し、その人の生活行為の実践を支援することで安定した生活が継続することも可能になります。
認知機能の見える化は、機能低下に伴う生活上の問題につながり、結果として生活機能を維持するための道標になることを期待しています。

抗認知症薬と認知機能

アルツハイマー病のMMSE(ミニメンタルステート検査)で低下している領域は遅延再生(記憶のタスク)に加えてSerial 7(注意と計算のタスク)とOrientation(見当識のタスク)の領域であり、注意や見当識の障害と考えられています。(De Vriendt P et al,Gerontology 58;112-119,2012)
また、アルツハイマー病では病初期より近時記憶だけではなく、注意レベルの維持や実行機能の障害を伴い、その後、言語・視空間認知の障害を呈すると考えられています。(BentleyP,etal:Brain,131,409-424,2008)

「注意機能」はアセチルコリン(Ach)に依存した脳機能であるため、アセチルコリン系を賦活する薬剤が注意障害を改善させることが期待されており、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害薬は、エピソード記憶や空間認知機能そのものよりも注意力や集中力の改善作用があることが多くの報告でわかっています。
記憶障害は海馬の形態的変性、注意障害は脳機能的障害により生じることから、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害薬は記憶よりも注意を改善させる可能性が高いという報告があります。(FoldiNS,et al:Int J GeriatrPsychiatry,20,485-488,2005)
ラットの前脳基底部におけるコリン作動系ニューロンを破壊すると,注意力の低下を生じ,これはフィゾスチグミンやニコチンなどのコリン賦活薬の投与によって改善することが報告されています。(羽生春夫,第125 回日本医学会シンポジウム記録集:2003,46-53)
脳各部位が機能的に維持されていても、そこへのコリン系入力が低下すると注意障害が生じるといわれています。(PerryRJ,et al;Brain,122,383-404,1999)
軽度アルツハイマー病や軽度認知機能障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)症例では、分割注意、視覚性探索、作業記憶に関する課題負荷に対する左前頭葉の賦活が健常例に比べて低いが、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬投与によりそれが改善することが確認されています。(Bentley P, et al;Brain,131,409-424,2008)

ドネペジル(ChEI)は注意、実行機能、覚醒度を改善させる可能性が高いとの報告があります。(福井俊哉,CLINICIAN, 618,25-34,2013)
ガランタミンには「見当識」の改善効果が、リバスチグミンには「注意」の改善効果が期待できるとの報告があります。(吉崎崇仁,老年期認知症研究会誌 22,8-9,2017)

<注意が改善してみられる変化>
1. 時間がかかった着替えも早くできるようになる
2. 新聞を読むようになる
3. 物事を続けるので、その間に家族がしないといけないことをこなせるようになる
4. 外来受診時に、「頭がすっきりしました」と言うケースがある。

このようにアセチルコリンエステラーゼ阻害薬では注意機能が改善することが数多く報告されていますが、認知症患者の家族の多くは記憶の改善を期待しています。
また、アルツハイマーが多認知症はありふれた疾患ではあるものの、症状、経過、予後は個々人でかなり異なっており、薬物の効果についても差を認めており、そのため実際の臨床では、ナラティブな治療を提案、実行する必要があるとされています。(清水秀明ら,臨床精神薬理19;1267-1275,2016)

神経心理学的検査によるレビー小体型認知症(DLB)の早期発見

注意障害は、DLBに進展したMCI患者のうち39.0%でみられており、記憶障害に伴っていた例を含めると63.5%が何らかの注意障害を示しており、DLBの早期発見には、記憶障害だけでなく注意障害や視覚認知障害、処理速度低下のなどの的確な評価も重要であると考えられるの報告があります。
この研究では注意・実行機能に関する課題としてTrail Making TestとStroop Testを用いており、注意障害だけでなく視覚認知障害や処理速度低下などもこの結果に関係している可能性が高いとあります。(井関栄三ら、レビー小体型認知症 ―臨床と病態― 中外医学社, 東京,:91-92,2014)