◎暮らしのヒント・支援のポイント  ~「記憶」について知ることで・・・ ~
私たちの生活の中で「記憶」は、約束の実行やものごとを学ぶ際に必要なだけでなく、思い出や希望など、心の支えとしても大切な役割を担っています。
ここでは、「記憶」について説明しています。さまざまな「記憶」について知ることにより、私たちが普段何気なくしている行動が、実は「記憶」やその他さまざまな認知機能によって可能となっていることがわかります。また、さまざまな記憶の力が低下した際に、どのような状態につながるかを考えたり、支援をする際に記憶についてより詳細に状態を検討したりすることもできるでしょう。
さまざまな「記憶」の特性を知ることで、勉強方法や予定管理を工夫することもできるかもしれません。

記憶の定義は、「過去経験を保持し、後にそれを再現して医療する機能のこと(心理学的辞典,2000)」、「新しい経験が保持され、その経験が行為や意識の中に再生されること(山鳥,2002)」、「情報を貯え、目的に適うようにそれを利用する能力のこと(Lezak,2004)」などが代表的なものとされています。

記憶の過程は、記銘、保持、想起の三段階に分けることが出来ます。 「記銘」とは外部の刺激がもつ情報を意味に変換して記憶として取り込むこと、「保持」とは記銘したものを保存しておくことで、「想起」とは保存されていた記憶をある期間後に外に表すこととされています。

記憶は保持時間をもとにすると次のように臨床神経学では3つ、心理学では2つに分類されます。

<記憶の保持時間による分類>
【臨床神経学の分類】
即時記憶:情報を記銘直後に再生し、干渉を挟まない
近時記憶:記銘後、数分から数日保持してから再生
遠隔記憶:近時記憶よりさらに保持時間が長い
【心理学の分類】
短期記憶:数十秒間程度の保持時間で再生
長期記憶:短期記憶より保持時間が長い

 

認知心理学では情報処理と記憶の保持時間がきわめて少ない短期記憶と貯蔵時間と記憶容量が無限といえるほど大きな長期記憶との機能的つながりや情報処理の仕組みを説明するために、作動記憶(ワーキングメモリ:working memory)という概念が導入されています。ワーキングメモリは認知課題の遂行に関わる情報の一時的な貯蔵とされています。(Baddeley A:Trends Cogn Sci,4(11):417-423,2000)

長期記憶は下図のように分類され、陳述記憶に含まれるエピソード記憶は個人が経験した具体的な出来事の記憶とされています。それぞれの記憶を支える脳内システムは異なるため、ある記憶が低下していても別の記憶は保たれることが起こる場合があり、また、時間軸のもとに発症(記憶障害など)よりも以前のことが思い出せない「逆行性健忘」と、以降の新しいことを覚えられない「前向性健忘」があります。

記憶は時間区分により分類されており、感覚受容器から入力された情報は短期記憶として保持され、短期記憶の貯蔵には限界があるため反復的な情報入力がおこなわれます。

通常記憶障害では、前向性健忘と逆行性健忘を併せ持つが前向性健忘のみ、逆行性健忘のみという場合もあるとされています。器質性病変がない逆行性健忘を機能性健忘とよび、ストレスホルモンが変化し、その受容体が多数存在する海馬、扁桃体が影響を受けることで発症すると考えられています。(Markowitch HJ.Oxford University Press:105-114,2005)

将来行おうとする行動の記憶を「展望記憶」、展望記憶に対応する用語は「回想記憶」、「典拠記憶」は、情報がいつ、どこで獲得されたかを想起する用語です。

記憶の種類 事実(意味記憶=知らない間に覚えた知識、例:米国の首都はワシントン)
個人的体験(エピソード記憶=自分に起こった出来事)
技術や手続き(例:車の運転、パソコンに入力して保存する)
記憶の形 言語的記憶(書かれたもの、話されたものなど言語形態の情報)
視覚的記憶(人の顔、図柄、見取り図など視覚的な形で覚えられる記憶)
記憶の段階 符号化(情報を取り込んで登録すること)
貯蔵(情報を記憶の中に入れて次に必要なときまで保管すること)
検索(必要なときに記憶を呼び起こすこと)

 

【コーヒーブレイク】コラム「頭の働きって記憶だけじゃないんだ」

記憶障害のアセスメント

日常生活上の問題の聞き取りや次のような記憶検査を通じて、記憶障害の特徴を明らかにします。

<WMS-R(ウェクスラー記憶検査):全般的記憶検査>

記憶の総合的評価としてウェクスラー成人知能検査と併せて実施されることが多く、わが国でも日本版WMS-Rが広く用いられています。(杉下守弘,WMS-R日本版ウェクスラー記憶検査.日本文化科学社,2001)。記憶のうち、言語性記憶、視覚性記憶、一般的記憶、注意・集中力、遅延再生の5つの指標を算出します。

 下位検査  記憶指標 課題内容
情報と見当識  ー  本人の名前、日時、総理大臣、など
精神統制 注意・集中 20から1までの数字の逆唱など
図形の記憶 視覚性記憶 図形を短時間みた直後、多くの図形から選ぶ
論理的記憶Ⅰ 言語性記憶 150字ほどの物語を聞いた直後、内容の再生
視覚性対連合Ⅰ 視覚性記憶 6つの図形を色の対を示し、直後に図形を示して対の色を答える
言語性対連合Ⅰ 言語性記憶 8つの単語の対を聞いた後、単語の対を答える(三宅式)
視覚性再生Ⅰ 視覚性記憶 図形を見た後、その図形を描く
数唱 注意・集中 数字の順唱、逆唱
視覚性記憶範囲 注意・集中 四角を触り、同順序・逆順序のタッピング
論理的記憶Ⅱ 遅延再生 論理的記憶Ⅰの物語の内容を遅延再生
視覚性対連合Ⅱ 遅延再生  視覚性対連合Ⅰの図形と色の対を遅延再生
言語性対連合Ⅱ 遅延再生  言語性対連合Ⅰの単語の対を遅延再生
視覚性再生Ⅱ 遅延再生  視覚性再生Ⅰの図形を遅延際

 

<標準言語性対連合学習検査(Standard Verbal Paired-Associate Learning Test:S-PA)>

三宅式記銘力検査がわが国では長年広く用いられてきましたが、提示される語句が古くなり、年齢群別の成績が標準化されないという問題に対応するために2014年に発表されました。(日本高次脳機能学会(編):標準言語性対連合学習検査,新興医学出版社,2014)

<Mini-Mental State Examination(MMSE)、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)>

いずれも3つの単語の直後再生と遅延再生を含んでおり、記憶障害を疑う糸口となります。見当識の項目で実際の年月日と近い誤りの場合は、明らかな季節の誤認などと異なり記憶障害の影響かもしれないとされています。

MMSEやHDS-Rが満点でも記憶障害を否定はできないこともあり、問診や画像所見などから記憶障害の存在を疑う場合にはさらに検査を追加するとされています。(岡崎哲也,総合リハ,43(11):1005-1010,2015)

<リバミード行動記憶検査(RBMT)※日本版>

日常生活で記憶障害患者が遭遇するという状況で、患者がどのように行動するかを採点することができます。顔と名前の記憶や、道順の記憶、一定時間後に自分が行うべき約束の記憶(展望記憶)などの課題が含まれているのが特徴です。(鈴木めぐみ,リハビリナース,9(4):16-23,2016)

下位検査項目 課題
姓名の記憶 顔写真を2枚見せ、それぞれ姓名を記憶させる。時間を置いてから顔写真のみで姓名を答えさせる(想起、遅延再生)
持ち物の記憶 被験者の持ち物を一つ(または二つ)預り、隠す。他の検査終了後に思い出させて返却を要求させる(展望想起)
約束の記憶 最初に約束事と答えを決める。20分後にアラームが鳴るようにセットし、鳴ったら決められた質問をする(展望記憶)
絵カードの記憶 提示した絵カードの遅延再認(視覚的課題)
絵を見せ、時間を置いてから内容を質問する
物語の記憶 物語の直後再生と遅延再生(非言語課題)
短い物語を聞かせ、直後と時間経過後に2回物語の内容を再生させる。
顔写真の記憶 提示された顔写真の遅延再認(視覚的課題)顔写真を見せ、あとからどれが正しい顔写真か答えさせる。
道順の記憶 部屋の中で施験者が道順をたどって見せ、時間を置いて被験者が正しい道順をたどれるかを見る。
用件の記憶 道順課題の途中で、他の用事を直後と時間を置いて2回(直後と遅延)行わせる(展望記憶)
見当識 日付、場所、知事名の想起(近時記憶、遠隔記憶)

 

<Rey-Osterrieth複雑図形テスト(ROCFT)>

視覚検査で、右図の図形を患者に見せて模写してもらいます。その後、図を隠して思い出しながら描いてもらい、さらに30分後に再度思い出して書いてもらいます。

点数を算出でき、さらに患者がどのような手順で書いたのかも観察の対象になります。

 

<ベントン視覚記憶検査>

Rey-Osterrieth複雑図形てづとよりも単純な図形の描かれた図形集(右図の参照)を用いて、4つの試行方法があります。

模写による豊富お、図形を覚えて再生する方法があります。