認知機能障害は、患者の就労や日常生活技能などの社会機能的転帰へ大きく影響し、統合失調症や気分障害などの精神疾患で注目されています。(住吉太幹,精神科治療学 30(11);1411-1418,2015)

神経心理検査成績である認知機能(神経心理検査成績)と社会機能とを介在する水準として、個人が能力的にできるうることを表す帰納的能力(日常生活技能)が置かれるようなフレームワークにおいて、認知機能評価尺度は、患者の機能的転帰を下支えるする測度(primary measure)という位置づけとなるとされています。(住吉太幹,精神科治療学 26);1525,2011)

精神疾患の認知機能を包括的に測定する検査バッテリーとして、統合失調症患者ではMCCB(MATRICS-Consensus Cognitive Battery)、BACSなどが開発され、双極性障害やうつ病においてはMCCBを改変したISBD-BANC(国際双極性障害学会・認知機能評価バッテリー)や、BACSの改変版であるBAC-A(感情障害を対象とした簡易認知機能評価バッテリー)などの日本語版の開発も試みられています。(末吉一貴ら,精神医学症候群(第2版),東京:日本臨床社;445-448,2017)

認知機能評価尺度の試行に要する時間はMCCBでは60分~80分、BACSでは30分~40分であり、実臨床では困難とされており、施行時間が短いものが期待されています。

米国で行われた統合失調症を対象としたCATIE研究では、9つのサブテストからなる認知機能検査バッテリーの遂行成績を解析し結果、注意・処理・測度を反映する符号課題(digit symbol substituion test:DSST)の成績が、言語記憶、ワーキングメモリー、語流暢性、遂行機能などを反映する他のサブテストからなる同検査バッテリー全体の成績を良好に予測することを見出した報告があります。(Keefe RS,et al;Neuropsychopharmacology 31;2011,2006)

統合失調症

統合失調症には幻覚、妄想、自我障害、感情の平板化、意欲の障害などの精神症状の他に、認知機能の障害(注意やある種の記憶、遂行機能など)があることがわかってくる中で、認知障害は統合失調症の中核的病態として重視されるようになりました。(松岡洋夫:精神経誌,107:89-93,2005)

統合失調症は、言語性記憶、ワーキングメモリー、注意機能、遂行機能などの成績低下を認めますが、脳損傷後に認める健忘症候群や遂行機能障害とは異なるとされています。(船山道隆ら,認知神経科学 16(3-4):,151-1562015)

<神経心理学の知見から統合失調症にみられる認知障害の特徴>

  • 記憶、注意、作業記憶、問題解決、処理速度、社会認知の機能領域で、健常者の平均値と比べて1.5~2倍の標準偏差(SD)以下の遂行障害を示す
  • 発症以前から存在し、発症後も精神症状や薬物とは独立して持続する脆弱性指標の特徴を示す
  • 生活能力や帰納的転記に対して陽性症状や陰性症状と比べ強い影響力をもち将来的に治療標的となりうる
  • 疾患特異的な認知プロフィールを示す
    (Keefe RSE,et al.:Arch.Gen.Psychiatry,58:24-32,2001)

統合失調症では対人関係・日常生活機能・就労などの社会的機能に支障を来すことがよく知られています。この社会的機能と記憶・注意・遂行機能などの脳の高次機能としての神経認知との関連が注目され、他の精神症状よりも神経認知と社会的機能との関連が強いことが指摘されています。(Green, M.F et al.: Schizophr Bull, 26; 119-136, 2000)

先行研究では、統合失調症のある人の場合、記憶、注意、作業記憶、問題解決、処理速度、社会認知の機能領域で、健常者の平均値に喰らえ1.5~2倍の標準偏差以下の遂行機能障害を示すとされています。(丹羽ら監訳、統合失調症の認知機能ハンドブックー生活機能改善のためにー、南江堂、東京、2004)

統合失調症の認知機能のアセスメント

統合失調症の評価尺度は多数報告されています。

  • 統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS)は比較的短時間で主要な認知機能領域を一通り評価できる(Keefe RS,et al:Schizophr Res,68:283-297,2004)
  • 統合失調症認知評価尺度(SCoRS)は日常生活技能に直結した認知機能を問診に基づき評価する(Keefe RS,et al:Am J Psychiatry,164:1061-1071,2007)
  • MATRICSコンセンサス認知機能バッテリー(MCCB)は、処理速度、注意/覚醒、ワーキングメモリー、言語学習、視覚学習、推論と問題解決、社会・感情認知の7つの領域を測定する心理テスト群から成り立っており、グローバル知見においても推奨されている
    (Nuechterlein KH,et al:MATRICS Assessment,Inc.,Los Angeles,2006)

<MATRICSコンセンサス認知機能バッテリー>

認知機能領域 心理テスト
処理速度 統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS):符号課題
カテゴリー流暢課題
トレイルメーキング:パートA
注意/覚醒 持続注意課題(CPT)
ワーキングメモリー ウェクスラー記憶尺度第3版(WMS-Ⅲ)
語数整列(LNS)
言語学習 ホプキンス言語学習テスト改訂版(HVLT-R)
視覚学習 簡易視空間記憶テストー改訂版(BMT-R)
推論と問題解決 神経心理学評価バッテリー(NAB):迷路
社会・感情認知 マイヤー・サロヴェイ・カルーソー感情知能テスト(MDCEIT)

統合失調症における認知機能障害は、全般性言語記憶と学習能力の低下、作動記憶と長期の記憶再生の障害、注意持続と注意集中時の情報処理容量低下、言語流暢性低下、などが、統合失調症において起こる認知機能障害といわれています。そして、この障害によって社会生活機能や社会的認知の障害が引き起こされるとされています。
統合失調症の治療では、陽性症状の軽減とそれに関連した行動上の問題に焦点がおかれてきたため、統合失調症の治療に関する研究でも陽性症状や陰性症状がアウトカムとして用いられてきました。
「患者が社会でうまく生活していくには、どの治療を選択すべきか」という観点から社会機能の障害の改善をアウトカムする研究が近年、報告されています。
認知機能障害は統合失調症の社会機能を20~60%を予測することが可能という報告があります。(Green MF,et al;Schizophr.Bull.,26;119-136,2000)
言語性の記憶、注意、遂行機能が社会機能に関連することや、語の流暢性の能力が、地域社会における活動をうまくやっていくことに関わり、言語性、視覚性の記憶が社会的な環境における社会行動に関わるなど、社会認知のそれぞれ異なる領域の機能が関わることが示されています。(Fett,A,K,.Neurosci. Biobehav. Rev.,35;573-588,2011)
*社会的認知とは「社会的交流の根底にある精神機能で、他者の意図や性向を受止める人間としての能力を含む」(Pinkham AE,et al,2003)です。

うつ病

近年、うつ病をはじめとした気分障害において、統合失調症などと同様に認知機能障害の存在が数多く報告されるようになってきました。
認知機能障害の存在は、問題点の分析や認知的解釈、そしてその後の問題の解決、効率的な処理過程など、多くの職業的能力に基礎的に関わっており、統合失調症と同様、社会生活機能を含めた全体的機能転記に関連している可能性が考えられています。(北川信樹ら、臨床精神医学,38:437-445,2009)

うつ病臨床に認知機能障害の視点を導入することにはさまざまな可能性があり、その可視化、定量化によってよりきめ細かい診療がなると考えられいます。うつ病には統合失調症における標準化されたバッテリーの開発が遅れており、早急な開発と確立が急がれています。
(北川信樹、精神疾患と認知機能、新興医学出版:49-62,2011)

初発のうつ病患者は健常者と比較して、特に精神運動速度や記憶機能の低下が精神状態との関連があり,遂行機能や注意力はtrait marker 的な位置づけとなる。また、近年の報告で,うつ病患者の認知機能障害でよく知られているのは,注意・学習・記憶・遂行機能の障害であるとの報告があります。( Lee RS et al,J Affect Disord, 140(2):113-124,2012)

うつ病の病相期における記憶機能については,エピソード記憶や言語性・視覚性記憶の低下を報告したものが多いようです。(Burt DB et al,Psychol Bull, 117(2):285-305,1995)

また、近年の複数のメタアナリシス・レビューによれば、成人の双極性障害患者における特性的な認知障害として、注意・処理速度・エピソード記憶・遂行機能が強調されており、これらの認知障害は前頭葉ー線条体、および中側頭葉ー系の神経システムの機能不全を示唆すると考えられ、寛解期においても患者の社会機能に影響を及ぼしているとの報告があります。(日本生物学的精神医学会誌21(3)213-216,2010)

うつ病の治療において,当事者が主役になることと当事者と治療者が治療同盟を作ることとは同時に進むべきことである。当事者が自分の障害を理解し受入れ,自分とつき合う道を学習するうえで,当事者が理解しやすい情報を提供する方法を開発することも大切であると思われる。この点で,うつ病の当事者の認知特性と神経認知特性(例えば脳血流パターン)とを連結した情報提供を行えるようにすることが21世紀においては重要なのではないかと思われる。
(丹羽真一,うつ病と神経認知機能,Depression Frontier,Vol.8 No.2,5-6,2010)

双極性障害

成人の双極性障害患者における特性的な認知障害として,注意・処理速度,エピソード記憶,遂行機能が強調されています。双極性障害の認知障害について正確に評価を行うことは,長期予後を改善し,社会適応を高めていくために必要不可欠であり、可能な限りで早期から認知リハビリテーションなどの認知障害を改善するための方策や教育上の支援策を具体的に検討することは、臨床上の重要課題とされています。(久保田泰考,日本生物学的精神医学会誌 21(3):213-216, 2010)

PTSD(Post-traumatic Stress Disorder)

PTSD患者ではトラウマに特異的な認知機能障害、直接関係しない認知障害が報告されています。トラウマ特異的な記憶の障害として解離性健忘と一般的な記憶の障害があります。

トラウマに直接関わる認知機能の調べる神経心理テストとして、情動ストループ課題や(トラウマに関係する)単語の再生課題、自叙伝的記憶の障害などがあります。(村松太郎ら,臨床精神医学 31;98-104,2002)

トラウマに直接関係しない認知機能障害としては、短期記憶(即時)では情報量の多い課題での低下、RAVLTなどの即時再生で異状が認められています。PTSD患者では多くは言語性記憶障害や言語学習課題の低下を認めると考えてよいとされています。また、PTSD患者は、注意機能としてCPT、PASATの成績低下、遂行機能としてTMT、Stroop test 、言語流行性の低下が見られることが報告されています。(Vasterling JJ.et al;The Guilford Press,New York,London,2006)

精神疾患を有する患者の社会参加

精神疾患を有する患者がより良いかたちで社会参加を果たすには、認知機能を治療ターゲットとする治療の種々の介入を並行して導入し、より包括的なBioーPsy-coーSocialな治療プログラムを提供することが望ましいという意見があります。

実際に統合失調症を対象にした試みでは、「神経認知機能トレーニング+社会認知機能トレーニング」、「認知機能トレーニング+認知機能増強作用のある薬物」、「認知機能トレーニング+ニューロモデュレーション」などが組み合わされ、その効果の検証が始められており、さらにどのような臨床背景の持ち主が、より効果的に認知機能を改善させ、その改善を社会機能の改善にまで般化させるのかも検討する必要があるとされています。

精神疾患の認知機能を増強させる介入法については、地域社会で生活する患者のリカバリーを目指した臨床実践まで、幅広いアプローチが試みられるようになっています。
(池澤聰,精神治療学 30(11);1443-1452,2015)

精神疾患における認知機能増強法について幅広く意見交換できる場として2014年12月に「Cognitive Enhancement in Psychiatric Diisorders研究会(CEPD研究会)が設立されました。

精神疾患の認知機能障害に取り組む 精神疾患に悩む人の家族と友人用ハンドブック(CEPD研究会ホームページ)