開発の経緯

高次脳機能障害は、脳血管に起こる障害や脳外傷が引き起こす認知機能障害ですが、その回復期や維持期のリハビリテーションにICTリハビリテーションツールの一つとして、高次脳機能バランサー(開発・販売 レデックス株式会社(1))が開発されました。

高次脳機能バランサーは、7つの認知機能について、トレーニングを行うための29種類のタスクを搭載したコンピュータプログラムであり、バラエティ豊かに出題される課題やインタラクティブな画面設計で、楽しく繰り返して訓練をすることができます。高次脳機能バランサーは、理学療法士や作業療法士などのリハビリ専門職が結果や患者の取り組みの様子を観察することで、患者の状態を把握でき、リハビリテーションの中での簡易な評価の手段としても利用されており、在宅復帰後も自宅で高次機能バランサーを用いて訓練を続ける人もあり、使いやすいリハビリテーションツールとして活用されています。

高次脳機能バランサーから、認知機能を健常な時期からトレーニングを行いながら変化を確認するツールとして、認知機能バランサー(開発レデックス株式会社、販売株式会社トータルブレインケア(2)を経て脳活バランサーCloud、脳活バランサーCogEvo(コグエボ)(開発・販売 株式会社トータルブレインケア) が、開発されました。

軽度認知障害(MCI)および認知症も認知機能の低下が起こりますが、認知機能バランサーは高齢者が生活に必要な認知機能と、認知症になると低下し生活への影響の大きな認知機能に注目し、「記憶力」「注意力」「計画力」「見当識」「空間認識力」の5種の認知機能のトレーニングツールとして開発されました。

高次脳機能バランサーでは29種類のタスクを含んでいましたが、認知機能バランサーでは前述の5種の認知機能に関連するタスクを選定することが試みられ、認知症予防トレーニングとしてMMSEと相関を持つ4つのタスク(3)(4)を含む12種類のタスクが選ばれ搭載されています。

これらのタスクは、臨床像として生活場面では大きな支障なく生活できているMCIに相当する人にとっても、生活維持に必要な認知機能のトレーニング手段として有効であると推測されます。また、健常者から初期認知症レベルの人まで楽しく利用できるタスクであることから、健常な状態から認知機能低下の予防としてトレーニングを開始することができます。

さらに、繰り返しトレーニングするなかで、タスク結果の状態から5種の認知機能についてそれぞれの変化を追うことができ、記憶力の低下だけではなく幅広い認知機能の状態変化を確認し気づくことができます。

認知機能バランサーでは、高次脳機能バランサーから得た年代における得点に基づき標準化を行い、タスクの得点だけでなく年齢の影響を考慮した結果表示を行います。また、認知機能バランサーの結果についての研究では、5種類のタスクの得点を標準化した指数の総合値は、年齢に相関があることが確認されています(図1)(5)

 

これは、一般的に認知機能は加齢により低下するということと矛盾がなく、これらの機能は、現在、脳活バランサーCogEvoに引き継がれています。

認知機能バランサーはパーソナルコンピュータにインストールする必要がありましたが、その後、タスクや仕組みは引継ぎつつクラウド技術を活用した脳活バランサーCloudが開発されました。これにより、認知機能バランサーでは難しかったビッグデータの収集や、システムの最新版への更新などが容易となりました。また、さらにその後、脳活バランサーCogEvoとして、従来からの医療・介護・福祉施設などでの認知機能の変化や個人の特性に気づきを得るための利用に加えて、在宅においても本人や家族が日ごろから認知機能の変化に気づけるよう、個人での利用を視野に入れた開発が進んでいます

ICTを活用した検査機器の現状と課題

近年、海外では「紙と鉛筆」を用いる検査に代わって、様々なコンピュータ化された検査やシステムが開発されています。ICTを活用した検査システムは認知神経科学と臨床試験で広く使用され(6)、軽度認知障害(MCI)の評価のためにCogStateCANTAB(Cambridge Neuropsychological Test Automates Battery)、CNTB(Computerized Neuropsychological Test Automates Battery)などが開発されています。

コンピュータ化された評価ツールに関して、認知障害のある高齢者のコンピュータ操作能力や、それを前にしたときの緊張や不安などから受容が難しい人がいることは想定されますが、神経心理学の専門家が実施しなくても施行可能であることは大きな利点です(7)
ただし、現在の日本では、コンピュータ化された評価ツールの普及は進んでいるとは言い難い状況で、その要因として、保険診療ができるテストを搭載したシステムが少ないことや、紙の検査と比較すると導入費用が高額であることが挙げられます。また、患者の生活機能に対する検査の妥当性の検証は今後の課題です(8)
そのような課題はあるものの、ICTを活用した認知症やMCIの評価システムの開発は、高齢化率がさらに高まるこれからの日本および各国にとって、認知症やMCIの早期発見のためには欠かせないものとして期待されています。

脳活バランサーCogEvoの開発と進化

脳活バランサーCogEvoでは、12種類のタスクを、5種の認知機能(「見当識」「注意力」「記憶力」「計画力」「空間認識力」)にそれぞれ割り当てて、トレーニングを行い、結果が表示されます。
12種類のタスクはそれぞれに5種の認知機能を割り当てていますが、例えば認知機能の見当識に割り当てられている「見当識」タスクでは質問されている日時の理解とともに、選択肢から答えを探し出す能力が必要です。

また、計画力に割り当てられている「ナンバーステップ」タスクでは計画的にルートを考える力とともに足し算をする力や計算結果を覚えておくワーキングメモリの活用が必要です。タスク全般に共通することとして、設問やルールを覚えてタスクを行うためには、注意力やある程度の記憶力は必要になることは言うまでもありませんが、今後、一つのタスクから回答に関係する複数の認知機能について、その状態を把握するなどの仕組みの開発は検討に値すると考えています。
脳活バランサーCogEvoは、トレーニング結果を本人にもわかりやすいように表示されます。この際、タスクの結果数値を「得点」と、得点を標準化した「指数」によって表現されるとともに、総合的および5種の認知機能について、五角形状のレーダーチャートで表示されます(図3)。

また、累積された結果データをもとに、5種の認知機能ごと、またはタスクごとに折れ線グラフとして推移が表示され(図4)これにより、認知機能のバランスや得点・指数の経時的変化を視覚的、直感的に気づくことができます。

<脳活バランサーCogEvoの特徴>

【容易に操作できる工夫】
① 容易な操作:見やすく、直感的な操作を誘導する画面のデザインやボタンの配置・表示を行っている。画面タッチまたはマウスでクリックし操作する。
② クラウドシステム:インターネット環境下で、ハードウェアのタブレット端末等で利用する。
③ インタラクティブな画面:親しみを感じるデザインや動きを考慮し、効果音やアニメーションも使用して楽しさを感じられる画面デザインを採用している。

【トレーニングを継続できる工夫】
④ 楽しみと向上心を持つ:結果には特級~5級を表示し、金・銀・銅メダルをつけることで、喜びや楽しみや目標を持てる工夫をしている。
⑤ 肯定的なコメント:結果に対して肯定的なコメントを行うことで、利用者を支持し、トレーニングへのモチベーションを維持できる。
⑥ 出題のバラエティ:飽きずに楽しめる多パターンの出題をしている。

【分かり易い結果表示の工夫】
⑦ 分かり易い結果表示:5種の認知機能とタスク毎の評価結果について得点および指数を表示するとともに、経時変化をグラフを用いて表示している。
⑧ 結果シートの印刷:施設で利用した人が、結果を印刷して持ち帰り、結果を見て振り返えったり家族等と共有することができる。

地域包括ケアをつなぐ本人主体のICTシステムとしての役割期待

超高齢社会の日本では、社会を支えるために、ますます自助・互助・共助の地域共生社会づくりや、地域包括ケアが推進されています。そして、高齢になっても住み慣れた地域で暮らし続けるために、健康の脆弱化の予防と変調の早期発見・早期ケアの重要性はますます高まります。
人は加齢により徐々に心身の機能が低下しますが、環境や体調の変化をきっかけに、日常生活活動や自立度が低下し、やがて要介護状態になることは少なくありません。身体機能や筋力、認知機能、そして社会性を含む生活に必要な心身の活力を維持することは、健康寿命の延伸に欠かすことができません。特に認知機能を保つことは、本人の意思を反映した社会参加や日常生活を継続するための大きな要素とされています。

今後、日本各地において、地域住民と医療・介護の専門職とが、本人および家族とともに「本人」を主体としたケアが可能な、その地域に適した地域包括ケアを実践していくことが予見されています。それを支えるために、ICTを活用した遠隔診療や電子カルテ、各種の介護ロボットや見守りのシステムなども開発され、普及しつつあります。そのような中で、認知症の人の支援に備えるICTを活用したシステムは、家族や医療・介護の専門職によるケアを支えることを目的に、さまざまなものが開発されています。

一方、脳活バランサーCogEvoは、開発されている多くのツールが提供側の視点である一方で、「本人」が楽しみトレーニングをするとともに、確認し、気づくための「本人主体」のシステムであることが最大の特徴です。そして、その「本人」の取り組みから、機能低下の予防やケアを医療・介護の多職種や家族や地域、そして本人自身もが連携して支えることで、「本人主体の地域包括ケア」が実現することになります。

つまり、認知機能を、日常の中で自らが主体的に継続的に訓練し、把握し、気づき、ケアにつなげる仕組みづくりは、プレクリニカル期やフレイル状態における認知機能の変化をの側面を早期に発見状態を確認するシステム構築につながります。

<地域包括ケア・地域共生社会における早期予防の必要性>

認知機能の低下だけでなく、身体・心・活動を維持する取り組みが必要です。
フレイル(加齢に伴う筋力・認知機能・社会参加が低下した虚弱状態)予防の必要性
⇒フレイルチェックの取り組み
⇒軽度認知障害(MCI)はメンタルフレイルの状態
⇒認知機能低下を早期に発見することは、フレイル対策にもつながる。

認知機能とフレイルに関する詳しい説明はこちらから「認知機能と社会生活【フレイル】

脳活バランサーCogEvoが、私たちの生活や社会参加に必要なケアや支援を考え、安心安全にそれぞれが望む生活を継続できるための一助となれるよう、研究開発に取り組んでいきます。

今後の課題

脳活バランサーCogEvoは認知機能の5種の側面について、トレーニングをしながら、その変化を把握できることカットオフ値をもつ既存の神経心理学検査とは異なり、認知症発症以前から本人自身が認知機能を確認し、追跡し、経過する時間の中で軽度認知障害(MCI)や認知機能の状態の異変に気づき、その後の変化を見ながら適切なケアに適切なタイミングでつなぐために活用できるツールです。

今後の課題としては、より精度の高い基準値の設定や、認知症につながる可能性をより的確に示唆できるような仕組みづくりが挙げれており、このために、多くの人について中長期にわたる追跡調査により検証することが必要になります。

ICT活用により一人でも容易に取り組めるツールであることを訴求していくことは勿論のこと、必要な時には認知症やその予防について相談支援ができる窓口の整備や地域との連携体制の構築、そして日ごろから認知機能を確認することの重要性を啓発するなど、社会への働きかけも求められています。

参考文献

1)レデックス株式会社 http://www.ledex.co.jp/(アクセス:2018.3.16)
2)株式会社トータルブレインケア https://tbcare.jp/ (アクセス:2018.3.16)
3)K.Hashimoto et al.,: Jikeikai Medical Journal ,57,1 (2010)
4) M.Honda et al.,: Japanese Journal of Cognitive Neuroscience ,12,191(2010)
5)T.Ohgami et al.,A new scale for inspecting cognitive function while having fun,:The Internal Medicine Review(投稿中)
6)K.Wild et al.,: Alzheimer’s & Dementia,4,429(2008)
7)KA Wesnes et al.,: Alzheimer’s Research & Therapy.,6,58,(2014)
8)森悦朗,医学のあゆみ,257(5),403(2016)